「人的資本開示」の先行事例 ③株式会社あおぞら銀行
金融庁が2021年12月21日 に、
「サステナビリティ情報」(2)「経営・人的資本・多様性等」の開示例(好事例集)(以降、「好事例集」とする)
をリリースした。
ここに紹介されている情報を参考に、我が国における「人的資本開示」の先行事例として様々な企業のサステイナビリティレポートや統合報告書の内容(そのうち、人的資本への投資、人材マネジメント、働き方に関する開示部分)を順次紹介していく。また、紹介するのみならず、独自の視点での評価・コメントも試みたい。
今回は、「好事例集」掲載企業ではないものの、個人的に興味を持ったため株式会社あおぞら銀行のディスクロージャー誌(統合報告書)2022を取り上げる。
はじめに
まず表紙の次のページにMission、Vision、Actionの記載があるが、このうちActionの欄の3番目に「チームワークを重視し、みんなで楽しく仕事をする」とあり働きやすい環境づくりを重視していることをアピールし、さらに4番目には「仲間の多様な⽣き⽅、考え⽅、働き⽅を尊重し、仲間の成⻑を⽀援する」という記載がありDEI施策に力を入れているという姿勢を打ち出している。
次のページでは冒頭に「編集方針」として、下記のような説明がある。
CEOからステークホルダーの皆さまへ
あおぞら銀行グループの人的資本の持続可能性
そしてp.2からは「CEOからステークホルダーの皆さまへ」として全4ページに渡り代表取締役社長&CEOの谷川氏のメッセージが掲載されている。
「ステークホルダーの皆さまへ」「あおぞら銀行グループの価値創造プロセス」というサブ項目に続けて、3番目に【「あおぞら銀行グループの人的資本の持続可能性」】という項目を置き、次のような説明がある。
企業の「競争力の源泉」は「人的資本の持続可能性」であると位置付けることからスタートしていることと、「持続可能性」を「人的資本」という言葉と合わせて使用するあたり、言葉選びのセンスが光る。続けて、「多様な価値観を持つ従業員一人ひとりが働きがいを感じて自分らしく活躍すること」を非常に重視していることを強調している。
「能力や実績を重視する人物本位の人材登用」とあるが、能力や実績をどのような仕組みで、どのような基準で評価しているのかの説明まで求められるところである。この点が曖昧だと、「能力や実績を重視」というのと「人物本位」という言葉が相容れないのではないか、とも感じられてしまう。「人物本位」を悪い方に捉えてしまうと、面接官の単なる主観で「(面接時に)話してて、一緒に働きたいと直感的に思った」というよく分からない基準で人を採用する場合と何が異なるのか。
「キャリア採用者の管理職比率が4割を超えている」という点については、それが良い状態なのかどうなのか、良い状態とすればなぜそう捉えているのか、丁寧に説明すべきだ。というのも、説明が曖昧だと「プロパー(新卒入社からの生え抜き)がうまく育たず外から良い人材を引っ張ってくるしかなかった」と受け取られないとも言えない。
「平均勤続年数が約15年で男女同水準である」という点は、「平均勤続年数が約15年」と「平均勤続年数が男女同水準である」とに要素分解した方が良い。その上で、平均勤続年数は業界平均からするとどのような水準かを説明する。そして「平均勤続年数が男女同水準である」というのは悪い方向に捉えられようがないため、ここは独立させてアピールすべきだ。
「自らの業務範囲にとどまることなく、他部門、グループ会社の他、多様なパートナー企業と緊密に連携」することを「コ・ワーク」と定義し、そのすぐ後に「多様な価値観を持つ従業員のキャリアプランと主体性を尊重した様々な育成プログラムを提供」の内容が続いているが、必ずしもこの両者には直接的な関係はないのではないか。「コ・ワーク」は多様な価値観を持たせることには役立つだろうし、多様な価値観を持った人は「コ・ワーク」に向いているかもしれない。ただ、従業員毎の価値観の違いに応じたパーソナライズされたキャリアプランや育成プログラムの提供の重要性、そしてそれによってもたらされる効果は「エンプロイーエクスペリエンス」や「従業員エンゲージメント」と絡めて説明した方が分かりやすい。
「『研修プラットフォーム』を社内ポータルサイト内にオープン」とあるが、「研修プラットフォーム」と言われると私などは「最先端のラーニングソリューション、LXP(ラーニングエクスペリエンスプラットフォーム)」を活用しているのではないかと期待してしまうが、「社内ポータルサイト内にオープン」とあるため、少し違うものを指しているのかもしれない。どのようなプラットフォームなのか、どこか別の箇所でアピールはされているのだろうか。
「『デジタル人材育成プログラム』をスタート」については、どこもかしこも日本中で「DX人材育成」と言われ尽くされているため「また、ここでもか」という気持ちにもなるが、「思考プロセスを変え、ビジネスを変革するための選択肢の幅を広げることを目的として」という説明は端的で分かりやすい。
「従業員アンケート」という表現は使わない方が良い。その語法だけで、ものすごく遅れた取り組みをやっているのではないかというイメージを持たれかねない。ただ、「働きやすい職場であるとの回答割合が約8割、働きがいを感じるとの回答割合が約6割」という状態には決して満足しているわけではなく、「改善に向けた取り組みを進めてまいります。」との言葉を続けている点、従業員エンゲージメントサーベイの結果を自画自賛する企業が多い中、非常に印象が良い。
サステナビリティ重点項目と「あおぞらサステナビリティ目標」
そして次の【サステナビリティ重点項目と「あおぞらサステナビリティ目標」】という項目においては、「社会の潮流や、ステークホルダーの皆さまからの期待と要請、および当行グループの企業経営に対する重要性を踏まえて、経営理念の実現のために注力すべき課題領域を、サステナビリティ重点項目(マテリアリティ)と位置付けています。」と前置きした上で、
①気候変動への対応
②人権の尊重
③産業構造転換の促進
④金融包摂の実現、
⑤デジタル化の促進
⑥次世代へ守り・繋ぐ
⑦人的資本の持続可能性
⑧ガバナンス・コンプライアンス
の8つの項目を新たなマテリアリティとして特定しました。
と整理されている。「8大重点項目」のうちの1つとして、7番目に「人的資本の持続可能性」を持っている点が注目に値する。
また、これがマテリアリティの一つとして選定された背景としてはp.12に次のようにまとめられている。
まず、「人材獲得競争」にすでにさらされているという事実と危機感を認識している。その上で、人材の維持・獲得と後継者の育成が「企業経営の持続可能性」にとって喫緊のテーマだとしている。
次に、人材が持つ「スキル・ノウハウ・経験値」こそが企業価値の根幹をなし、従って人材が競争力の源泉であると明確に述べている。
兎にも角にも、企業経営を持続可能な状態にしていくためにはまずもって人的資本を持続可能な状態にしなければならない、というように、経営と人材マネジメントとを「持続可能性」という言葉でうまく結びつけることで一貫している。
そしてそれに関する具体的な取り組みとしてはp.13に次のようにまとめられている。
非常に重要なポイントが随所に散りばめられている。
まず第一に、「ビジネス戦略に整合した人員シフト」「スキルポートフォリオの把握」「人材の最適配置」であるが、これこそが人材版伊藤レポート2.0の中でも「5つの共通要素」の一つとされている「動的な人材ポートフォリオ」の体現である。
第二に、「スキル・ノウハウの継承」「後継人材の育成」というのは後継者計画(サクセッションプラン)そのものであり、内閣府からも示されている「開示が望ましい19項目」の中でも私がイチオシの項目である。イチオシの理由は、ここをしっかりとやっておけば他の項目(例えば、リーダーシップ、育成)にも直接的に影響を及ぼし、後継者計画を科学的に根拠をもって行うためには「スキル/経験」の可視化が不可欠であり、これはそのまま「ダイバーシティ」にもつながり、これらをしっかりやることで「(人材の)維持」「採用」「エンゲージメント」にも良い作用があるからである。
第三に、「自分らしく活躍できる職場環境の整備」や「従業員のキャリア志向や主体性を尊重」した「キャリア支援」というのは、従業員エンゲージメントの向上に向けた、あるいはエンプロイー・エクスペリエンスの追求に向けた一丁目一番地ともいえる取り組みである。欲を言えば、「キャリア自律」という言葉も入れたい。
最後に、短絡的に「ダイバーシティ&インクルージョンの向上」を謳うのではなく、「多様な価値観・バックグラウンドを持つ人材が活躍できる職場環境の整備」として、コグニティブダイバーシティ(人材版伊藤レポート2.0の「5つの共通要素」でいうところの、「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」)を意識している点が際立つ。
価値創造プロセス
続いてp.6とp.7には見開き形式で「価値創造プロセス」が分かりやすく図表でまとめられている。左側に「インプット」として「経営資源」がリストアップしてまとめられており、右側に「アウトカム」は「社会的・経済的価値の創出」としてまとめられている。「経営資源」としては、知的資本、社会・関係資本、財務資本、自然資本と並んで「人的資本」が挙げられ、これが一番上に記載されている。そして真ん中に、事業活動をしていく上で「価値創造を支える基盤」としてコーポレート・ガバナンス、リスクガバナンス、コンプライアンス、IT戦略・情報セキュリティ、ステークホルダーコミュニケーションと並んで「人的資本の持続可能性」も挙げられ、これが筆頭に来ている。さらにはアウトカムとしての「社会的・経済的価値の創出」の一つとして、環境・社会への貢献、お客さまへの貢献、株主・投資家への貢献と並んで「従業員への貢献」(一人ひとりが働きがいをもって自分らしく活躍できる職場づくり・成長と自己実現のサポート)が挙げられているのが素晴らしい。さらに分かりやすく、素晴らしいのが、これらのアウトカムがぐるっと回って再びインプット項目となり、良い循環が回っていく図としてまとめられている点だ。この循環こそがSustainable Performanceの体現だ。
サステナビリティ推進担当役員メッセージ
社会課題への対応
p.8からは、サステナビリティ推進担当役員の芥川氏のメッセージが掲載されている。ESGのうちのS、「社会課題への対応」として次のようにまとめられている。
「経営戦略における人的資本の重要性」を認識していることをしっかりとアピールしている。「経営の中核を担う人材の多様性の確保」や「女性・外国人・キャリア採用の管理職比率」は、コーポレートガバナンス・コードにおける表現をそのまま用いている。これらの実現に向けては、「人材育成・環境整備方針を定める」、「目標を定め、取り組みを強化」とされているが、具体的施策の内容はもちろんここではまだ分からない。
ところで、後半に「ボランティアトライアルの取り組み」の記載があるが、なぜボランティア活動に参加すると「サステナビリティ意識の浸透」の繋がるのか、直接的なつながりもこの時点では分からない。
非財務ハイライト
p.17の「非財務ハイライト」で人材関連のグラフとしては2つ掲載されているが、一つは「キャリア採用者管理職比率」「女性従業員管理職比率」「外国人管理職比率」について、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの中で「中核人材の多様性の確保」として取り組み状況の開示が求められていることに対応する形で作成されたものと思われる。もう一つは女性の取締役と執行役員の人数が単に記載されているだけであり、「ハイライト」としては寂しい内容だ。
次のp.18からp.20にかけての「非財務情報インデックス」の「社会」のところのデータに期待したいところであるが、「従業員データ」のほとんどがデモグラフィック(人口統計学的な属性)なものである。ただ、給与水準に関するデータや「男女間の平均年間給与格差」のデータ、さらに男性の育児休業取得者数と割合を積極的に感じしているところは素晴らしい。また、「兼業・副業登録者数」と「在宅勤務利用者割合」を開示しているところは先進的だ。
少し「惜しい」と感じたのは、「従業員一人当たり研修時間」や「従業員一人当たり研修費用」のところであり、これらの伸び率に対して業績に関連する数値はどのように変化したか、等、Human Capital ROIのようなデータも算出すべきだ。
「女性活躍関連」の開示については積極姿勢が見られる。役員だけではなく、部長や課長についても比率を開示している。
デジタル化の促進
デジタル人材育成・体制強化
p.48には「デジタル化の促進」という項目があり、p.49の「デジタル人材育成・体制強化」というサブ項目にはこのような記載がある。
この点は、伊藤レポート2.0における「5つの共通要素」の「リスキル・学び直し」、そして政府指針の「開示が望ましい19項目」の「育成」にも関わることであり、このような取り組み「プログラム」をスタートさせたというだけでもアピールポイントとして有効だ。さらには「デジタル人材」を「デジタルビジネスストラテジスト」、「サービスデザイナー(UI/UX)」、「データサイエンティスト」という3つの定義に分けて、かつ、「より高いレベルのコースの提供」とあることから、職種別かつレベル別にかなりきめ細かな研修メニューが取り揃えられていそうだ。
ここでさらに目指してほしいのは次の3点だ。
①デジタル人材という新たな領域(種類)の人材を育成していくことで、「動的人材ポートフォリオ」の形成にも効果があることのアピール。
②デジタル人材という新たな領域(種類)の人材を育成していくことで、それぞれの従業員が保有するスキルについても多様化が図られ、結果として「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」の促進にも寄与していることのアピール。
③研修メニューの提供のされ方がよりきめ細かく、個々人の持つスキルやそのレベルに応じて「個別化」(パーソナライズ)が図られた仕組みづくりをおこなっていること、あるいはそれを目指していることのアピール。
これら3点を行うためには、「デジタル人材」の要件定義(ジョブ定義)をスキル・コンピテンシーベースできめ細かくやっておかなければならない。この点、3種類の人材要件に関して「役割」のレベルでは次のような記載がある。
理想を言えば、上記のような記載はそれぞれの「ジョブの概要」の表現と位置付け、それにつづけて「任務・職責」というタイトルで「4本柱」を定義、表現し、さらに、それぞれの任務・職責の遂行、全うに必要とされる(広義の)スキル(Knowledge, Skill, Ability and Others)を各5つから8つくらいずつ洗い出してリスト化しておきべきだ。
なお、この項目の最後に「業務への展開」として次のような記載がある。
ただ流行りに乗って「デジタル人材」の育成プログラムを打ち出しているわけではなく、データドリブンなビジネス推進のための体制づくりという明確な目的をもって、さらに研修を終えると実際にどのように活躍の場が広がるのかという「出口」も考えながら取り組んでいることがよく分かる。そしてまた、「グループ経営における人的資本のサステナビリティ確保」というレポート全体を通じて使用しているキーワードを最後にもってきて、全ての取り組みの一貫性を印象付けている。
人的資本の持続可能性
p.70からはいよいよ、CHRO金子氏が担当する「人材資本の持続可能性」というパートである。
あおぞら銀行グループの人材戦略
「3つの基本方針」とは次のとおり
①で、「能力・職務をベース」として公平性を実現するとした場合に、「スキルベースでの評価」という表現をどこかに入れた方が良い。
そうすると、②のところでも「専門性の追求」というのは「専門スキルの習得」と表現しやすくなる。
そのまま③のところでは、「多様性」というのは単に男女比率や障害者雇用の点だけではなく、もっと幅広く「スキルの多様性」も含んだものであり「知・経験のダイバーシティ&インクルージョン」に関してもケアしていると説明しやすくなる。
このように「スキル」という言葉でつなげることにより、「従業員の活躍と組織の成長を実現」という両立を図ることがより一層現実味を増すことになる。
最後に、これは繰り返しになるが、「能力や実績を重視する人物本位の人材登用」という点については、能力や実績をどのような仕組みで、どのような基準で評価しているのかの説明まで求められるところである。この点が曖昧だと、「能力や実績を重視」というのと「人物本位」という言葉が相容れないのではないか、とも感じられてしまう。「人物本位」を悪い方に捉えてしまうと、面接官の単なる主観で「(面接時に)話してて、一緒に働きたいと直感的に思った」というよく分からない基準で人を採用する場合と何が異なるのか。
人的資本のサステナビリティ確保に向けて
まず「経営戦略やビジネスモデルと人材戦略の連動」という言葉から始まっているが、伊藤レポート2.0における「3つの視点」のうちの一つでもある「経営戦略と人材戦略の連動」を具体的にどのように実現しようとしているか、が注目ポイントである。
全体的に、シニア人材の活用に向けた施策のトーンが強い印象ではある。ただ、「55歳以上のシニア層の従業員」から抜擢した者に「経験や知見を次世代に継承する」ための「プロフェッショナルフェロー」という重要な役割を担わせるという施策は「後継人材の育成」ということにもつながり、政府指針の「開示が望ましい19項目」の中の「育成」と「サクセッションプラン」にも直結する。他方で、「週休3日勤務制度と短時間勤務制度」については「多様な働き方を選択できるシニア制度」と説明していることから、なぜこれらの制度はシニア層にしか開かれていないのか、という疑問が生ずる。
さて、「経営戦略やビジネスモデルと人材戦略の連動」というのはまさに「ビジネス戦略に整合した人員シフトとキャリア採用の実現」に他ならないと言っても過言ではないから、この点に触れられており、かつ、「後継人材の育成」とともに「人的資本のサステナビリティの確保にとって重要なテーマ」と結びつけている点は非常に好印象である。ただし、「人員シフト」や「キャリア採用」をどのような基準を用いてどのような方法で実現しているのか、実現しようと思っているのか、までを具体的に説明できてこそ投資家やその他のステイクホルダーから「実効的な人事施策だ」と初めて評価してもらえる。
この点、絶対的に「スキルベース」という要素が不可欠となるが、その前提となる「スキル可視化」については「従業員のスキルや経験、キャリア志向などを従業員自身が作成するキャリアプランシートを基にデータベース化し、人的資本として活用するための見える化を進め」という表現で触れられている。ほぼやるべきことはやれているのではないか、と推察する。だからこそ、ではあるが、「従業員自身が作成するキャリアプランシート」の中身や運用方法について非常に興味がある。
まず、「スキル可視化」を行うにあたって「従業員自身が作成」という方針をとっていることに共感する。下図の左下青色部分のように、「自分ごと化」されることが最も重要だからである。真ん中の緑色部分のように事業戦略をそのまま人材要件定義に落とし込むような手法では、多くの日本企業では現場までうまく浸透しないケースがほとんどであるため、まずは現場のメンバーにスキルの棚卸しをさせ、それらを積み上げて組織としてフォーマルなジョブ定義の姿を模索していくアプローチを取るべきである。そうすることで、「人員シフト」や「キャリア採用」を行うときの基準が現場主導型で整っていき、結果として「経営戦略と人材戦略の連動」も図られることになる。
次に、「キャリアプランシート」の中身はどのようなものなのだろうか。この点についても、下図のような構成になっていることが望ましい。
ちなみに、現場メンバーから自由な表現で出してもらった「(広義の)スキル」に関連するワードは、最終的には「標準化」(上図の右下の赤色部分)を行なって世界通用性のあるスキル・コンピテンシー名に変換の上リスト化されるべきである。
いずれにせよ、これらの取り組みによって「銀行全体のスキルポートフォリオの把握と人材の最適配置につなげて」いくことを目指しているという点、「人材資本の持続可能性」の実現に向けて真正面からやるべきことを着実に進められているという印象だ。ここで、可視化や最適配置の実現のためにどのようなツールやテクノロジーを活用しているのか、活用しようとしているのか、テクノロジー観点の記載があればなお良い。
「スキルポートフォリオの可視化」のイメージとしては下図を参照されたい。
また、「人材の最適配置」のために有用なソリューションとしては、下の動画にてイメージを掴んでいただきたい。
https://www.youtube.com/watch?v=Ot_C794fZ3A
「スキルポートフォリオの可視化」のためのダッシュボード、そして「人材の最適配置」を促進するためのプラットフォームも、いずれもこちらのentomoによって実現可能である。
価値創造を支える人材の採用・育成
「ポテンシャルや専門性の高い優秀な人材」とあるが、その見極めをどのように行なっているのか。すなわち、採用基準、人材要件定義の内容はどのようになっているのか、に興味がある。ここで、ISO 30414対応まで視野に入れるのであれば、「採用の質」について表現できるように準備を進める必要があるが、その場合にはスキル・コンピテンシーベースで人材要件定義を精緻に行なっておき、さらには候補者側からも同じ尺度のスキル・コンピテンシーベースでプロファイル情報を取得しておかなければならない。これにより、なるべくスキルギャップの小さい候補者を、データを活用した科学的な手法を用いて採用することにより「採用の質」を担保している、という説得力のある内容を開示することができる。
また、「多様な業務経験を積ませ」とあるが、経験を積ませることが重要というよりは、それらの経験を通じてどのようなスキルを習得させることを狙っているのか、実際にどのようなスキルを習得したといえるのか、この辺りを定量的に表したり計測できるような仕組みづくりが必要である。
さらに、「専門性を磨くための人材配置」という点についても、当該ポジションやジョブに人材を配置することでどのようなスキルを習得させることを狙っているのか、実際にどのようなスキルを習得したといえるのか、この辺りについても定量的に表したり計測できるような仕組みづくりが必要である。
そうすると、ジョブやポジションについてもスキル・コンピテンシーベースの精緻な人材要件定義、つまりはジョブ定義を徹底して行う必要がある。
「能力や実績を重視する人物本位を徹底」という表現については大いに改善の余地ありという点、すでに繰り返し指摘した通りである。
「多様なバックグラウンド」という表現については、バックグラウンドが多様ということだけではなく、そのことによって多種多様なスキルを身につけることが出来ている、というニュアンスも伝わるような表現にした方が良い。
“あおぞら”らしい人材の育成
「多様なキャリアプランと主体性を尊重し、様々な育成プログラムを提供」ということであれば、エンプロイー・エクスペリエンス、ラーニング・エクスペリエンスにフォーカスした最先端のラーニングテクノロジーの活用が不可欠となるはずだ。その中でも、「個別化」(パーソナライズ)と「ナッジ」という要素が鍵を握る。
ちなみに、「誰でも自由に学べる」「会社負担で自由に学びのメニューを選択できる」という点をアピールしているが、この辺りが多くの日本企業が陥っている「罠」ともいえるため注意が必要である。自由に、何百、何千というメニューの中から好きなものを選んで、というのは実は従業員側にとっては負担であったりもする。どのようなメニューを、何のためにどのような基準で選ぶべきか、そして、そのメニューを活用することによりどのような効果が得られるのか。このようなことが明確になっていないと、いくら「(費用は)会社負担で」といってもありがた迷惑扱いされているケースが散見される。あたかも福利厚生の一環かのように無計画に「ラーンングコンテンツの洪水状態」を作り出すよりも、必要な人に必要なものをピンポイントで届ける仕組みづくりの方がエンプロイー・エクスペリエンスを確実に向上させる。それはそのままエンゲージメントスコアとして反映される。
「従業員が自らの課題やありたい姿と向き合い、主体的に成長を目指すことを狙い」という「狙い」は素晴らしい。「自らの課題」を把握するためにも先に紹介した「セルフジョブ定義」のような作業は効果的であり、現状のスキル保有状態を把握することにより、現実味のある「ありたい姿」を描くことができ、そこに向けてどのように「ギャップ」を埋めていけば良いのかを、まさにラーニングプラットフォームの活用により支援していく。これにより従業員は主体的な成長をしていくことができる。
ところで「約120名規模の集合研修の実施が可能なインフラ」との記載があるが、昨今は「集合研修」を強調してもあまり「加点事由」とはならないため注意が必要だ。もちろん、集合研修型のプログラムをなくすことはできないし集合研修型でしか実施できない研修やその方が効果を増すタイプのものも残り続ける。そこで、集合研修の実施体制を体制を強調し過ぎることなく、「リアルとオンラインの強みを有機的に組み合わせ」という工夫や、むしろオンラインで受講可能なコンテンツの充実ぶりの方を強調しつつも必要に応じて集合研修を効果的に実施する体制も整えている、くらいの表現で説明することが望ましい。
また、「役割・経験に応じた」というのは前述のような「個別化」(パーソナライズ)を実現するためには大雑把すぎるため、「保有スキルに応じた」という世界を目指した方が良い。
さらに、「講義の大半を内製化」という点を強調しているが、この辺りも「諸刃の刃」である。「ガラパゴス化」したラーニングメニューなのではないか、つまりは、社内でしか通用しない内容なのではないかという誤解も生じやすいため、「内製化すべきコンテンツについては内製化し、世界通用性のあるスキル習得のためのラーニングについては外部のコンテンツも積極活用している」といった表現の方が望ましい。
最後に、「コーチング等の専門資格を有する人材」の例には「キャリアコンサルタントの有資格者」も加えるべきであり、また、「専門性の高い業務に精通した人材」という部分は、つまりはどのようなスキルを有した人材なのかを明確に出来ていることも謳うべきである。
なお、ここに関連する図表の内容についてもコメントしておくが、受講者数や受講時間、研修時間、かかったコストのみの開示ではなく、時間やカネを投じた結果どのような「リターン」があったのか、を併せて開示できる状態を目指したい。「リターン」は売上のような財務的な表現でも良いし、従業員たちが新たに身につけたスキルはこれだけある、といったような非財務的ではあるがレベル感の把握等により定量的に表現することが望ましい。
研修プラットフォームの創設
「自らの業務範囲に留まることなく、多様な分野で当行のビジネスや仲間の業務内容を理解することが重要」ということだが、そのためには各自が前述の「セルフジョブ定義」を実践し、自ら書き上げた職務定義書を本人たちの同意のもとで全社に公開することが最も有効だ。これを実践した事例として紹介された記事を参照いただきたい。弊社(SP総研)がパナソニックインダストリー社のジョブ定義を支援した。
さて、肝心のプラットフォームについてだが、「ポータルサイト内に『研修プラットフォーム』を作成し、全従業員に開示・見える化して、誰でも自主的に学べる仕組み」とあることから、最先端のラーニングソリューションを導入しているわけではなさそうだ。いわゆる「ナレッジシェア」にとどまるものではないだろうか。
次に「入行3年目までの若手層には、受講必須単位を指定して、積極的な受講を奨励」とある。もちろんこれは人間技でおすすめのラーニングコンテンツを選んで推奨しているのだろうが、「若手層」のみならず、あらゆる層に対して最適なラーニングコンテンツを個別化して届けられるような仕組みの構築を急ぐべきだ。このとき、個別化や推奨の根拠となるのが一人ひとりの従業員の保有スキルの情報だ。従って、「セルフジョブ定義」をやっておくとこのような場面でも役立つデータが整うことになる。
最後に、「毎月2,000件視聴」ということをアピールしているが、視聴回数や受講時間のような履歴系のデータではなく、「成果」はラーニングの利用によって獲得できたスキルによって表現できるようにしていきたい。
デジタル人材育成プログラムの強化
「デジタル人材育成プログラム」の目的を「思考プロセスを変え、ビジネスを変革するための選択肢の幅を広げる」ためとしているところが素晴らしく、本質をつき、地に足の着いた取り組みであることが想像できる。
繰り返しにはなるが「全ての従業員に学びの機会を提供」というのが福利厚生プログラムのようにならないようにすることが肝心であり、そのためにはプログラムの実効性を上げるためにも「役割や業務に適した育成コースを提示」という「個別化」(パーソナライズ)の要素がポイントとなる。このような個別化をより精緻化していくためには「役割や業務」という単位ではまだ粗く、保有スキルに応じて(あるいはスキルギャップに応じて)最適なものがレコメンドされる仕組みの整備が望まれる。
多様なキャリア支援の取り組み
まず「キャリアプランシート」については先にも触れた通りであり、「本人の希望や能力・適性を確認」をきめ細かく、より効果的に行うためにもぜひ「セルフジョブ定義」も試していただきたい。その成果物としてのジョブ定義シートは、1on1などにおける会話をベースとした「キャリア支援」にはもちろん、「機動的な人材配置を実現」するための共通尺度としても使うことができる。
ところで兼業や副業についてであるが、「従業員の能力開発やセカンドキャリアの開拓、自己実現の追求」ということを本当の意味で実現させるためには、企業側として必ず持っておくべき心構えがある。それは、優秀人材の離反についても恨みっこなし、ということだ。「セカンドキャリアは見つけて欲しいし自己実現も追求してもらいたい。ただしそれは、会社が許可した人材についてだけだ。優秀人材の離反はなんとしても食い止めたい。」という本音が見え隠れした場合には、こういった取り組みは早晩機能不全に陥る。
だからこそ、「兼業を応援するガイドライン」の中身が気になるし、ここを積極的に開示して外部からのフィードバックを真摯に受け止めるべきだ。
「自身の強みや価値観を整理し、今後のキャリアデザインを考える」ためにも、また、キャリアオーナーシップを持たせるためにも「セルフジョブ定義」の手法は有効だ。実際に、このような研修の一部として組み込んでいただくケースも増えている。
「各業務部門に短期間の出張を行い、研修と実務を集中的に経験」した結果、どのようなスキルが身についたと認定するのか。この辺りの設計を行う必要がある。
社内公募制度をしっかりと機能させるためには現場主導型である程度精緻なジョブ定義を行なっておかなければならない。ジョブマッチの基準が曖昧であると、恣意性が入ったり公平性を失うことになる。前述のパナソニックインダストリー社の事例を大いに参考にしていただきたい。
「キャリアコース転換」を行うにあたっては、どのような要件を備えれば例えば「IT職」のポジションを狙えるのか、どのようなスキルギャップを埋めればどこまで狙えるようになるのか、一人一人にCareer GPSを持たせて全社に公開された「キャリアマップ」上で自由にシミュレーションできるような仕組みが不可欠だ。イメージは次の図の通り。
「全従業員を対象に現在の業務に従事しながら、人事異動を伴わず、希望部門での業務を実際に経験」といった場合には、のちに改めて紹介するが、「本業」と「社内副業」それぞれにどれだけの時間と労力を費やしたのか、ということについてきめ細かく記録しておけるような仕組みがあることが望ましい。適正な評価につなげたりワークスタイルのモデル作りに活用するためだ。
「海外拠点へ2年程度派遣し、海外での業務経験を積む」という場合においても、経験を積むだけではなくその経験を通してどのようなスキルが身についたと認定するのか。仕組みづくりが重要である。
「外部の事業会社に派遣し、創造性や専門性を磨くための社外出向」とあるが、具体的にどのようなスキルを身につけさせる目的で出向させるのか、という目標を事前に設定して、実際にどうだったのかをのちに検証する必要がある。
「ライフプランに合わせた柔軟な働き方を応援」ということであれば、休職制度以外にも他にやり方がありそうだ。のちに改めて紹介するが、どのようなアクティビティにどれだけの時間と労力を費やしたのか、ということについてきめ細かく記録しておけるような仕組みがあることが望ましい。適正な評価につなげたりワークスタイルのモデル作りに活用するためだ。
「退職した行員を対象とする再就職支援」については、ぜひリアクティブ(受身)の支援ではなくプロアクティブな仕組みにしていくべきだ。つまり、過去の退職者からもう一度入社したいと言われた場合に初めて支援を行うだけではなく、過去の退職者リストをデータベース化しておいてその中から目ぼしい人材(すなわち、ぜひ戻ってきて欲しいと会社側が考える人材)に対しては定期的に声をかけたりなんらかの接点を持つようにしておくと良い。欧米企業においては、このような退職者リストを貴重な人材リソースと捉え、退職後もコンタクトを取り続けたりしてその中から再雇用する「アルムナイ制度」を設けているケースも多く見られるが、同様の仕組みがあると良いだろう。
働きやすさの向上と働きがいの追求
「一人ひとりの多様な価値観やキャリアプランを尊重」「多様な働き方を尊重」の一例としては、前に説明されていた「ジョブサポート」の制度によって「地方支店に勤務しながら、本店業務をサポートする」ということや、「兼業・副業支援」や「キャリアサポート休職制度」によって「社外での活躍やライフプランを応援する」ことを挙げることができるだろう。それ以外にも「各種制度」として「コアタイムを設定しないフレックスタイム制度」や「在宅勤務・モバイル勤務制度(テレワーク)」についても触れられている。
他方で、「制度とインフラの両面で環境を整備」との記載にも関わらず、制度面の充実ぶりに対してインフラ面ではどのような整備を行なっているのかの説明があまりない。従業員へのアンケート調査からも、「従業員の働きがいの向上に向けた取り組みは、人的資本のサステナビリティにとって、今後の重要なテーマ」と認識されているところであり、「従業員一人ひとりが重視する働きがいの要素を継続的に把握」していこうとされているようである。「働きがいの要素」は一人ひとり異なるのかもしれないが、概ね次のような要素は必ず上位に来ることが予想される。
まず第一位の要素について、今や若年層(労働力のうち74%はもはや50歳以下)は必死で「Meaningful Work」(意義を感じられる仕事、自分にとっての天職)を探し求めている。」とされているが、「Meaningful Work」と感じてもらうための大前提としても「パーパス」をも反映させた精緻かつストーリーテリングなジョブ定義が必要である。他方で、個人(従業員や候補者)の側でもスキル・コンピテンシーベースでの自己理解(すなわちスキルの棚卸し)をしておく必要がある。自己理解がなければ「天職」と思えるための基準がないことになるからである。
ちなみに、「Meaningful Work」は「従業員エンゲージメント」や「従業員体験」を向上させるためにも不可欠な要素であるとされ、さまざまな調査研究レポートが発表されている。
(参考)
・Meaningful work: The key to employee engagement
・The Top 3 Employee Engagement Drivers
第二位の「Empowerment & Voice」(現場の「声」を拾い上げ、権限や裁量が与えられて自主性も重んじされていること)や第三位の「Feedback, Recognition & Growth」(良い仕事をしたことがしっかりと認められている。 その上、自分の業績についてフィードバックを受けられていて成長にもつながっている。)という環境整備のためには、「上司・部下による1on1ミーティング」の活用が有効だ。制度を導入するだけではなく、取り組みを支えるプラットフォームとしては「Kakeai(カケアイ)」をおすすめする。
最後に、インフラ面の整備には次のようなソリューションも有効だ。
このTeamSpiritを活用することで、勤怠管理を工数ベースにて精緻に行えるため働き方の内訳が明らかになり、人の活動状況を把握できるようになる。そのため、従業員一人ひとりがイキイキと働けているか(働きがいを感じられているか)、それぞれの稼働が利益につながっているのか、等をリアルタイムに把握することができるようにもなる。ここで、「工数管理」は単なる勤怠管理と異なり、生産性向上、多様性促進にも寄与するものである、という認識を持つべきである。すなわち、働き方のスタイル、バックグラウンドや負っているものも人それぞれであるが、データの力で個別化されたケアが可能になる。働いている時間を全体として捉えるだけではなく、その内訳を精緻に把握し、主観をある程度排除して客観的に捉えることによりそれが可能となる。「働き方」の可視化を行うことにより、個々のニーズ、スタイルの尊重に繋げることができる。
健康経営への取り組み
まず、「狭義の健康経営」の施策に留まっているという印象だ。ウェルビーイング施策や健康経営に関する施策は、当初は福利厚生担当者から提供される福利厚生メニューとしてスタートするのが一般的かもしれない。しかし今日では企業戦略上のど真ん中の施策と捉えるべきである。これはちょうど
下図「ウェルビーイング戦略の成熟モデル」で説明することができる。
(参考)ウェルビーイング戦略の成熟モデル
まずスタートとなるのは「レベル1」で、まさに福利厚生メニューとしてのウェルビーイング施策の段階である。コストを抑えること、離職を防止することを目指し、傷病を未然に防ぐことにフォーカスすることになる。
次は「レベル2」で、個々人の状態を改善・向上していくためのウェルビーイング施策の段階である。ワークライフバランスの状態を整える、ストレスを軽減させる、ということを目指し、従業員個人やその家族、そして場合によってはそれらの財政面のサポートや教育にもフォーカスされる。
さてここまで、「レベル1」と「レベル2」の共通点としては、いずれもやらなくてはならないことでありそれなりのコストもかかるが、コストに見合ったリターンがどの程度あるのかが分かりにくい、ということではないかと私は理解している。
これに対して次の「レベル3」は、業績の向上に必ずつながるウェルビーイング施策である。無駄な時間の削減や、職場における活力を引き出すこと、仕事の優先度づけやマネージャ教育等がその具体例で、持続可能な状態でパフォーマンスを発揮させること、キャリア支援にもフォーカスが当てられる。そして、職場全体のパフォーマンス向上を目指すものである。業績向上につながること明らかなので、経営陣からのサポートも受けやすい。ちなみに、HRテクノロジーが最も効果を発揮するのもこの「レベル3」に掲げられている各施策実行のところである。せめてこの「レベル3」は目指してほしい。
さらに「レベル4」になると、社会的利益増大のためのウェルビーイング施策となり、もはや一企業の枠にとどまらず、社会に対する善行のための組織づくり、持続可能な社会の実現、社会全体への価値提供を目指して、職場外での社会活動、地域社会への貢献活動、政治との連携活動等の支援にフォーカスされる。
次に、「労働時間管理については、PCログなどの客観的なデータに基づいた勤怠管理を実施し、長時間労働の削減と産業医による面接指導に注力」という点についてであるが、このような観点で働いている時間を全体として捉えるだけではなく、その内訳を精緻に把握し、主観をある程度排除して客観的に捉えることにより人の活動状況を把握する、という観点も重要だ。「働き方」の可視化を行うことにより、個々のニーズ、スタイルの尊重に繋げることができるからだ。働き方のスタイル、バックグラウンドや負っているものも人それぞれであるが、データの力で個別化されたケアが可能になり、生産性向上、多様性促進にも寄与することになる。ここでも、先に紹介したTeamSpiritを活用することで、勤怠管理を工数ベースにて精緻に行えるためこれらのことが実現可能になる。
最後に、「平均残業時間が11時間50分と昨年度から増加」ということから即座に残業時間削減に向いている点については注意が必要だ。残業時間の増減と、特に「働きがい」を示す指標やエンゲージメントの度合いとの相関関係を追っておくべきである。職場によっては「働きがい」やエンゲージメントの度合いが高いほどやる気に満ち溢れ、時間も忘れて自らの任務・職責に没頭する、という現象があってもおかしくない。そのような場合には、単に残業時間を減らすための号令をかけることによりやる気を削ぐことにもなりかねない。
ダイバーシティ&インクルージョン
「多様な視点や価値観を尊重」「多種多様なバックグラウンドを持つ」ということに中には、ぜひ「保有スキルの多様性」という意味合いも持たせてほしい。さまざまなバックグラウンドを持ってるからこそ、その結果としてさまざまなスキルを有している。さまざまなスキルを有しているからこそ、多様な視点や価値観を持つことができ、他者のそれを尊重することができる。
「従業員一人ひとりの多様な価値観やキャリアプランを尊重」ということを実践するためにも、まずは従業員一人ひとりがどのようなスキルを有しているかを「見える化」しておくと良い。保有スキルの状態に応じてきめ細かなキャリア計画を行うことができるようになる。
「多様で柔軟な働き方を支援」ということのためにも、働いている時間を全体として捉えるだけではなく、その内訳を精緻に把握し、主観をある程度排除して客観的に捉えることが重要だ。例えば、ある人にとっては①「オフィス内の決められたワークスペースで過ごした時間」と②「ちょっと休憩がてらカフェで過ごした時間」と③「自宅で家族と過ごした時間」は、それぞれ別々の価値を持った、しかも、どれも重要な「仕事の時間」であるかもしれない。主観(というか先入観)で捉えてしまうと、①だけが「仕事の時間」と認められ、②と③は休憩時間とか勤務外の時間と見做されるだろう。しかしながら人によっては②は重要な「創作時間」かもしれないし、③の間にも傍で子供に宿題をやらせながら資料作成が捗ったかもしれない。このような場合は、①の時間が最も生産性が低かったり何も産み出さなかった時間、ということすらあり得るのだ。そこで、トータルの作業時間を単に把握するだけのマネジメントから、メンバー主導による自己申告制で「自分の時間に自ら意味づけをさせる」というマネジメントへの転換があっても良い。TeamSpiritを活用することでそれが実現可能になる。
中核人材の登用等における多様性の確保について
これは、2021年6月の改訂コーポレートガバナンス・コードにおいて「企業の中核人材における多様性の確保」の必要性が謳われ、【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】の補充原則として以下の内容が追加されたことに伴うものだろう。
女性従業員の活躍推進に向けた取り組み
下記の取り組みは、いずれも全ての従業員が対象とされるべき素晴らしいものばかりだ。
キャリアコースによる役割や業務範囲の制限を完全に撤廃したため、誰もがキャリアアップを目指せる人事制度
経営の中枢を担うポテンシャルの高い人材や社外で活躍する専門性の高い人材を採用し、人材プールの拡充
経験領域の拡充をマインドやスキルの観点から後押しするキャリア研修や行内短期トレーニーを実施
従業員一人ひとりのチャレンジをきめ細やかに評価し、活躍フィールドを更に拡げる人材配置
しかしながら、全てを「女性従業員の活躍」に結びつけているため逆に心象を悪くしている。「女性従業員の活躍を推進し、性別を問わず誰もが活躍する組織となることは、優秀な女性従業員の採用と定着を促進し、労働人口の減少も見据えた将来の人材リソースの確保にとって重要」とあるが、「将来の人材リソースの確保」はそもそもなぜ重要なのか。それは、人材こそが企業の競争優位性の源泉であり、持続可能な企業運営のためには企業の競争力アップに貢献する人材の確保が不可欠だからだ。全体としてなんとなく人数が揃っていれば良い、女性比率が高くなればそれで良い、という問題ではない。
この点、下記の事実に対しての無理解があるのではないか。
すなわち、性別や国籍などの変えられない属性についてのデモグラフィックダイバーシティの実現よりも、考え方やスキル特性などについてのコグニティブダイバーシティ(Cognitive DiversityあるいはIntellectual Diversity)を実現した方が企業全体のイノベーションや業績向上に寄与することが明らか、ということである。應義塾大学大学院経営管理研究科の岩本隆 特任教授によれば、これに関しては様々な調査結果も発表されている。例えば、一般社団法人日本CHRO協会の「CHRO FORUM」の中でも、「イノベーティブな組織作りに重要なコグニティブダイバーシティ」として「最近のさまざまな研究結果から、デモグラフィックダイバーシティはイノベーションと相関がないことがわかってきており、イノベーティブな組織を作るにはデモグラフィックダイバーシティではなくコグニティブダイバーシティに力を入れることが重要である。」と述べられている。そして同教授は、これらのことを裏付ける研究結果としてJuliet Bourke 氏による調査を例に挙げ、「思考のダイバーシティはチームのイノベーションを20%高め、リスクを30%軽減する」「コグニティブダイバーシティを重視する企業文化をもつ企業は、もたない企業に対し、好業績の企業の比率が3倍」といった調査結果を紹介している。
(参考:Juliet Bourke「Which Two Heads Are Better Than One? How Diverse Teams Create Breakthrough Ideas and Make Smarter Decisions」、Australian Institute of Company Directors、2016年)
もちろん、我が国におけるほとんどの企業において、特に管理職層における女性比率は諸外国に比べて極端に低い(ついでに指摘すると、韓国も)ことは公知の事実であり、この歪ともいえる状況を放置して良いはずはない。しかしそれでも、人材登用や採用の基準をこれまでの延長で曖昧模糊としたままで、「とにかく女性比率を上げること」を目的化することには賛同できない。「経営戦略と人材戦略の連動」とは、すなわち「戦略を遂行するために必要な人材像(人材要件)をスキル・コンピテンシーベースで定義して、その要件に当てはまる人材を登用・採用し、不足しているスキルを補充するように育成すること」であるはずだが、このようにスキルに重点を置いた登用・採用・育成を行って他の余計なバイアスさえ排除すれば結果として「男女比」もあるべき水準に落ち着くはずである。
終わりに
以上、全体を通じて「辛口なコメント」が多いという印象を持たれたかもしれないが、裏を返せば、親身になって日本企業の「人的資本開示」の支援を行なっていると自負している。
それが、株式会社SP総研の「『人的資本開示』対応コンサルティングサービス」である。
コンサルティングファームを始めすでに各社同様のサービスを展開していると思われるが、当社のサービスの特徴としては(おそらく日本で唯一)「スキルの可視化」の支援まで行なっていることを挙げることができる。
仮に他社でも同様のサービスを行なっていたとしても、そのための手法として「セルフジョブ定義」を用いている点も加味すれば、「日本で唯一のサービス」といえる。
現場主導型の、日本企業にもマッチしやすい手法を用いながら、無理のない「人的資本開示」を目指して支援している。
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