ワープできる日に備えよう!(後編)~創作のためのSF考
もしも将来ワープ技術による瞬間移動が実現可能になり、しかもそれを国や企業が独占せずにぼくら庶民が手にしたらどうなるか。1時間に1回のワープで10m移動出来たら、それが1kmに伸びたら、ということを前回は考えてきました。しかし1kmを瞬時に移動できるようになると自動車の必要性がかなり低下するため、「反ワープ技術の動き」が生まれることを考慮する必要が出てきます。
ワープ技術と敵対するのは誰か
"移動手段"には様々なものがありますが、それぞれの移動手段がワープ技術の登場によってどのような影響を受け、そしてワープ技術に"敵対"するかをあらためて考えてみましょう。
まず、自転車。これはもともと小回りがきくことが利点で、比較的短距離を移動するためのものなのでワープによる移動可能距離延伸が脅威になることはありません。ただ、ワープで連続移動ができるようになると急死するおそれがあります。とはいえ、現時点で「強大な自転車業界」なんてものがありませんから、ワープ技術発展の足を引っ張ることはなさそうです。
自動車はワープ技術発展を阻害する最大の敵になると思われます。ワープによる移動可能距離が1kmに達したあたりから自動車の必要性が低下し始め、30kmに達すると自動車で1時間かけて通勤する必要がなくなるため、自家用車のニーズはゼロに近づきます。
ワープ技術がどんどん発展していけば、電車や飛行機などあらゆる乗り物が駆逐されていくことになりますが、自動車業界以外はワープ技術と"正面衝突"しにくいと考えられます。その理由は、業態の違いにあります。
今回の記事ではワープ技術を国や企業に独占されずに、ぼくら庶民が手にした場合を考えていますが、自動車業界だけがこれと同じなのです。ぼくらは鉄道会社から電車を買いませんし、航空会社から飛行機を買うことはありません(自家用飛行機を買うごく一部のお金持ちはいますが)。現状、自動車と鉄道・航空はビジネスの在り方がまったく違うのです。
鉄道会社や航空会社は技術を独占・寡占してサービスを提供しているため大きく利益が増減しないうえに、ワープ技術の発展により負の影響を受けるのはかなり先になります。そしてワープ技術発展の過程においては、ワープとワープの間の着地点として駅や港を提供できるので、ワープとはむしろ共生関係を築けることでしょう。
反ワープ技術の核は自動車業界が担うことになると思われますが、ただ、自動車業界も2つの大きな変化を遂げると思われます。これは必ずしも遠い未来の話ではなく、自動運転技術によってすでに変化が起き始めています。自動運転技術が順調に発展すると"配車"が容易になるため自家用車のニーズが減ること、個人に売ってビジネスをしたければ免許不要にすることで市場を広げることが考えられます。
ワープ技術が発展しても自転車のニーズはなくなりにくいこととあわせて考えると、個人向けの自動車はバイクや自転車に近づいて小型・無免許化し、ワープ技術発展の途中で大きく姿を変えるかもしれません。
30kmまでの長い道のり
とはいえ現状維持を望む人間の性(サガ)もあり、移動可能距離1km~30kmまでのどこかの時点で反ワープ運動は活発化することでしょう。
反ワープ運動は、自動車会社を中心に、巨額の資金をもって政治に介入することが考えられます。ワープ技術の危険性を強調し、稀な事故を大きく問題視することで、例えば「一定距離以上のワープには免許が必要」なんて世論形成がなされるかもしれませんし、めちゃくちゃ高額な税金が課せられることも考えられます。政府による新技術の認可を受けるために数年を要する、といったことも起きるでしょう。
また、「ワープすると癌になる」「ワープすると不妊になる」「ワープしたまま行方不明になった人が大勢いる」「化学工場の爆発事故はワープして侵入したネズミが原因だ」「髪が薄くなったのはワープできるようになったころからだ」といったデマや真偽不明な情報が横行することも予測されます。そして、そういった不確かな情報をお金さえ払えば載せてしまうメディアにお金が集まり、「ひとを騙してでも希望を叶える」という価値観を持つ者が力をつけることで、ワープと関係ない部分で社会の退廃が進む恐れも……。
ま、そんな社会の退廃は現在の日本ですっかりおなじみの光景なので省略しますが、それとは別に意図的ではないネガティブ要素も表出することが考えられます。それは、ワープ技術の軍事利用によります。
ワープ技術の発展は軍事利用によって終わる?
あえてここまで触れてきませんでしたが、ワープ技術はその登場初期から間違いなく軍事利用されます。そして、ワープ技術の"ある程度"までの発展は軍事とともにあることでしょう。ただ、ここではエスカレートしていくであろうワープ戦争のビジョンを思い描くことはしません。
視点を、社会の側へ戻します。
ワープ技術が戦争に使われる世界において、"国境"付近はワープでの侵入を防ぐため、ワープ妨害装置のようなものによるワープ不可地域が進むはずです。これは移動可能距離100mくらいの時代から始まります。
そして、ワープによる移動可能距離が伸びるに応じて、さらに国境からより広い地域がワープ不可地域になり……。結局、前回でも触れたような円形の都市以外はワープ不可地域になってしまうかもしれません。円形都市も、その内部でのワープは可能でも、外部からの侵入は防ぐ造りになることは間違いないでしょう。
こうなってしまうと、庶民によるワープによる移動可能距離延伸のニーズ自体が(軍事以外では)萎むため、夢の広がりもここまでになってしまうかもしれません。
ただ、日本には外国との(地上の)国境がないため、良い意味でワープ不可地域の広がりが遅れると考えられます。円形都市以外でもワープを活用できる「ワープ解放区」のようになり、逆にワープ技術発展の中心地になるかもしれません。そのとき、この地域が日本として独立していればの話ですけどね。
ぼくら日本人がSFを考えるときに今一番むつかしいのが、この「未来に日本はあるのか」という問いであり、「未来に日本が残っている理由」を示すことかもしれません。今回この記事を書いてみて、ワープが存在する社会よりも想像しにくいと感じます。
あるいは、ワープで皆が気軽に選挙に行けるようになれば、日本が生き残る可能性は高まると思いますが、投票所付近へのワープは最初に禁止されそうな気がするのです。