北欧ドラマ『コペンハーゲン 権力と栄光』
今回紹介する海外ドラマは、北欧・デンマークの作品『コペンハーゲン 権力と栄光』です。今とてもとても注目されるべき作品ですが、日本での扱いは極めて小さく、YouTubeで公開されているオフィシャルトレーラーも日本語版はないようです。下の動画のロゴを観て「え、NETFLIXなの? 聞いたことない!」って感じですよね。注目されるべきだとは思うのですが、注目されてはいないのです。
本作はそのサブタイトルからもうっすらわかるように政治ドラマなのですが、この『権力と栄光』は第4シーズン(2022年)にあたります。第1シーズン(2010年)は『コペンハーゲン 首相の決断』という邦題でスタートした作品で、デンマーク初の女性首相となった主人公ビアギッテ・ニュボーを中心に、政界やメディアの人々、そして彼らの家族を描く群像劇となっています。報道の裏側や政治とのつながりも描かれるのは本作の特徴のひとつです。
原題は『BORGEN』で"城"を意味し、デンマークで国会等が置かれるクリスチャンスボー城を指しています。『コペンハーゲン』という邦題は非常に内容が伝わりにくく誰が関心を持つんだという感じですが、もともと日本ではスーパードラマTV(CS)で他のいくつかの北欧ドラマに続くかたちで放送されたために"流れ"でそれなりの認知度があり、ぼくも本作に出会うことができました。そして、この出会いはとてもいいものでした。
政治ドラマといえば渋すぎたりグロかったり、逆に政治をかじっただけの軽いヒーローものだったりと色々ですが、本作では等身大の人々が描かれ、マニアでないひとにもオススメできる柔らかさを持ちつつも、背景には厚みがあり、しっかりとした骨組みに支えられて様々な感情が刺激される上質な物語が展開されます。
ただ本シリーズは、好評のうちに第3シーズン(2013年)で一度幕を下ろしました。ぼくも続編があるとは知らなかったのですが、NETFLIXで海外ドラマの一覧を探していたら偶然にも見覚えのあるタイトルと見覚えのない新しい背景のサムネに出会ったのです。
外務大臣として苦悩する主人公ビアギッテ
『権力と栄光』というイマイチ語感の悪いサブタイトルの第4シーズンでは、デンマーク領でありながら高度な自治権を認められたグリーンランドで石油が発見されたことを巡って物語が展開します。
かつて首相を務めたビアギッテは外務大臣となり、グリーンランド自治政府との対立や、アメリカ、中国、ロシアからの介入についてその手腕を問われます。
グリーンランドが石油などの化石燃料探査に力を入れてきたことは事実なのですが、一方で彼らは昨今の気候変動問題にとりわけ敏感です。温暖化で氷が解けると初めに困るのは周囲を氷に囲まれている彼らですから、当然です。そして、グリーンランドはこの化石燃料探査政策を断念し、再生可能エネルギー100%を目指して方針転換しています。
そういう背景もあって本作でも"気候変動問題"は物語の中心に置かれます。ぼくら日本人は「SDGs」という言葉も自らを綺麗に見せようとする目的で利用される機会ばかりを身近に見ているため、つい「トレンドに乗っかろうとする軽い作品」と思ってしまいがちですが、いやいや、全然事情が違いますし、むしろ"重いテーマ"として背景に置かれているわけです。
ところで、初期のころからこのnoteをご覧になっている方や、国際情勢に詳しい方は、グリーンランドと聞いて「あっ」となる人がいるかもしれません。最近ちょっとサボり気味の記事『創作に役立つ用語辞典』でも触れたように、「2019年にトランプ大統領はデンマークにグリーンランド買収を持ち掛け、拒否されている」のです。
ドラマでは背景にすぎないグリーンランドの重要性
ただ、この件は「トランプが石油をほしがった」というだけの単純なことではありません。ドラマではさすがに本筋を外れて深い説明まではしないのですが、実はこのあたりは安全保障上の要所のひとつなのです。
それを理解するためには、視点を北極に移して、地球を真上(真北)から見る必要があります。
見慣れない地図なのでわかりにくいのですが、右半分がユーラシア大陸で、地図の右上に逆さになった日本・北海道が見えています。
薄黄色の超広い場所がロシア、そのずっと下がヨーロッパで、デンマークの首都であり本作の邦題となっているコペンハーゲンは地図下端右寄りのスカンディナヴィア半島(ピンク色)のまた下端にあります。
地図の左は北アメリカ大陸(主にカナダ)で、その右下にデカデカとグリーンランド(青緑色)があります。そして、地図の中央はもちろん北極、北極圏です。
この地図を見ただけでも、グリーンランドがもしアメリカのものになればロシアを強く牽制できることはわかると思います。
しかし、中国もグリーンランドに対して積極的な投資をしてきました。レアアースなどの資源に目を付けてのことですが、もうひとつ重要なのが航路です。
地図で見るだけでは「なるほど海だらけだね」という感じですが、なにせ北極海ですから、実際には氷で覆われており、船舶が航行できないところだらけです。ところが、温暖化の影響で氷の量が減っており、2030年ごろにはロシア北側の北極海を通って、アジアとヨーロッパを行き来できる航路が開けるのではないかと言われています。
この新しい"北航路"に期待しているのが中国です。
というのも、中国は現在、中東産の原油などの資源をユーラシア大陸の反対側にある"南航路"を通じて仕入れているのですが、北航路ができるとそちらも利用できるようになり戦時に"兵糧攻め"にあいにくくなるのです。
なお現在中国や日本が頼りにしている南航路は、上記の地図にあるように、地図左にある中東から、インド洋、南シナ海を渡ってきます。中国がフィリピンと対立しつつ南シナ海に人工島を作ったり、台湾独立を決して許せない理由はこの地図にある航路を見れば一目瞭然です。
日本ではここ数代の総理大臣がアメリカやインドと組んで「自由で開かれたインド太平洋」をめざす! などと繰り返していますが、航路のことを知れば、これが対中国の牽制であることもわかります。「なぜインド、インドと言う?」と思っていた方も少なくないと思うのですが、輸送経路上にあるからです。
だからこそ、中国としてはアメリカ等が"出てくる"恐れのある南航路だけでなく、北航路も活用することで、戦争が起きたときに航路を失わないようにしたいわけです。
またロシアは現在、北航路になる位置には潜水艦など一部の兵器しか配置していませんが、氷が解けて航路が開ければ他の兵器も配置できるようになってきます。ロシアと戦争をしたり強く対立している国が北航路を使うことは難しいため、この北航路を巡る問題は、周辺国とロシアの外交関係に強く影響しています。
――という背景があって劇中では大国がからんだ事件が次々と起き、外務大臣であるビアギッテはそれに翻弄されます。背景をまったく知らないと、"いかにも"な大袈裟な舞台設定、温暖化問題みたいなトレンドを意識しつつ家族や愛を描いたライトな作品と誤解してしまうかもしれません。でも実は、ほどよく事情を簡略化してライトに見せながら、それでいてリアルさを維持しているわけです。難解にならず、バカっぽくもならず、このバランス感覚は見事だと言えます。
日本(人)との高い親和性
ところでデンマークの政治体制は日本に少し似ており、アメリカやイギリスの政治ドラマよりずっと身近に感じられます。また、グリーンランドを沖縄に置き換えてみると、似たような"構図"のもとにあることがわかります。本土と、どちらに気持ちを置くかは、人それぞれになるでしょうけれど。
なお、本作には日本語字幕はあるものの、吹き替えはありません。みなさんが視聴したり、"高評価"をすることで評価があがって、あとから吹き替えが追加されたり、さらに続編が作られないかな~と思いつつ、本記事を書いています。興味を持った方は、ぜひ観てみてください!