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【医師論文解説】日本初!オートミールに紛れ込んだ虫が引き起こした悲劇【Abst.】


背景:

アナフィラキシーは、急速に進行する重篤なアレルギー反応であり、時に生命を脅かす危険性があります。

一般的に、食物、薬物、昆虫刺傷などが原因となることが知られていますが、今回の症例は非常に珍しい原因によるものでした。本症例は、日常的に摂取される食品に潜む予期せぬ危険性を浮き彫りにし、食品の保存方法や摂取前の確認の重要性を再認識させる貴重な報告となりました。

症例:

52歳の男性患者が、ココナッツ、オートミール、野菜ジュースを摂取して30分後に全身性の紅斑、水様性下痢、嘔吐を呈し当科を受診しました。

来院時の症状と経過から重度のアナフィラキシーと診断し、詳細な原因究明を行いました。

具体的には以下の検査を実施しました:

  1. 患者が摂取した残りの食品(ココナッツ、オートミール、野菜ジュース)に対する皮膚プリックテスト

  2. 残りのオートミールの直接顕微鏡検査

  3. ウェスタンブロット分析

  4. 定量的ポリメラーゼ連鎖反応(qPCR)

  5. 患者血清中のLiposcelis bostrychophila特異的免疫グロブリンの測定

結果:

  1. 皮膚プリックテスト:残りのオートミールにのみ陽性反応を示しました。

  2. 直接顕微鏡検査:残りのオートミール中に多数のチャタテムシと思われる昆虫の死骸が確認されました。

  3. ウェスタンブロット分析とqPCR:残りのオートミールの抽出物からのみ、Liposcelis bostrychophila(チャタテムシの一種)の特異抗原であるLip b 1が検出されました。

  4. 血清検査:患者の血清中のLiposcelis bostrychophila特異的免疫グロブリンレベルがカットオフ値を上回っていました。

これらの結果から、オートミールに混入していた虫をLiposcelis bostrychophila(チャタテムシの一種)と同定し、その偶発的な摂取がアナフィラキシーの原因であると結論付けました。

議論:

本症例は、日本で初めて報告されたLiposcelis bostrychophilaに汚染されたオートミールの経口摂取によるアナフィラキシー例です。Liposcelis bostrychophilaは室内害虫の一種で、様々な場所に生息し、保存食品を含む多様な室内素材を餌とします。

この症例から、以下の重要な点が浮かび上がりました:

  1. 日常的に摂取する食品でも、保存状態によっては予期せぬアレルゲンとなる可能性があること。

  2. 食品アレルギーの原因究明には、食品そのものだけでなく、潜在的な汚染物質にも注意を払う必要があること。

結論:

本症例は、保存食品に混入した室内害虫がアナフィラキシーの原因となり得ることを示した重要な報告です。この経験は、食品の適切な保存の重要性を再認識させるとともに、原因不明のアナフィラキシー症例に対する新たな視点を提供しています。

文献:Matsumoto, Chinatsu et al. “A clinical case of anaphylaxis after eating oatmeal contaminated with booklice (Liposcelis bostrychophila).” The Journal of dermatology, 10.1111/1346-8138.17419. 10 Aug. 2024, doi:10.1111/1346-8138.17419

この記事は後日、Med J SalonというYouTubeとVRCのイベントで取り上げられ、修正されます。

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用語解説:

皮膚プリックテスト:

アレルギー診断に用いられる検査法の一つです。少量のアレルゲン(アレルギーを引き起こす物質)を皮膚に滴下し、皮膚を軽く傷つけて浸透させます。アレルギーがある場合、15-20分以内に膨疹(じんましんのような膨らみ)や発赤が現れます。簡便で即時性があり、多くのアレルゲンを同時に検査できる利点があります。

ウェスタンブロット分析:

タンパク質を検出・同定するための生化学的手法です。サンプル中のタンパク質を電気泳動で分離し、膜に転写した後、特異的な抗体を用いて目的のタンパク質を検出します。本症例では、チャタテムシの特異抗原Lip b 1の検出に使用されました。

qPCR(定量的ポリメラーゼ連鎖反応):

特定のDNA配列を増幅し、その量を測定する方法です。通常のPCRと異なり、リアルタイムで増幅過程を観察し、初期のDNA量を正確に推定できます。本症例では、チャタテムシの遺伝子の存在と量を確認するために用いられました。

特異的免疫グロブリン:

特定のアレルゲンに対して生成される抗体のことです。通常、アレルギー反応ではIgE(免疫グロブリンE)が関与します。血清中の特異的IgEレベルを測定することで、特定のアレルゲンに対するアレルギーの有無や程度を判断できます。

iposcelis bostrychophila:

チャタテムシ目に属する微小な昆虫の一種です。体長は約1mm程度で、肉眼での確認が困難です。主に湿った環境を好み、家屋内の本、紙、穀物、乾燥食品などに生息します。

所感:

本症例は、アレルギー・免疫学の分野に新たな知見をもたらす非常に興味深い報告です。日常生活で頻繁に接する食品が予期せぬアレルゲンとなる可能性を示唆しており、臨床医として常に広い視野を持つことの重要性を再認識させられました。

また、この症例は食品衛生の観点からも重要な示唆を与えています。消費者の食品保存方法や、製造・流通過程における品質管理の重要性を改めて強調する必要があるでしょう。

今後は、Liposcelis bostrychophilaのような生物によるアレルギー反応のメカニズムや頻度について、さらなる研究が必要だと考えられます。同時に、一般市民への啓発活動も重要になるでしょう。食品の適切な保存方法や、摂取前の目視確認の重要性について、より広く周知していく必要があります。

この症例報告が、アレルギー診療の新たな視点となり、同様の事例の早期発見・対応に貢献することを期待しています。

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バーチャル医療研究会編集部
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