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ガールたち、生きていこうぜ!~『サンアントニオの青い月』

 舞台はアメリカ・メキシコの国境の町。そこで生きる少女、ティーンエイジャー、大人の女性が主人公の、22編からなる掌編小説集です。どの作品もテンポの良い、リズム感あふれる一人称語りで、日々の生活や気持ちが語られています。

 生活感あふれる描写も魅力的です。読んでいると、トウモロコシや香辛料、土煙の匂いが立ちこめ、街行く人々の熱気や話し声が耳元に聞こえてくるよう。日本にいながら、遠いアメリカ・メキシコの地を旅しているような気分になれます。

 登場する主人公たちは、決して裕福な家庭ではないけれど、毎日を楽しく過ごしている幼い少女、誘拐犯の子どもを身ごもった少女、メキシコからアメリカに嫁ぎ、夫からのDVに苦しめられた女性、メキシコ革命の英雄を愛した女性など。日本とは歴史も文化も環境も違う、遠い国の話なのに、彼女たちの声は読者の心にまっすぐ響いてくるのです。それは、作品全体を通じて女性として生きてきた自分自身を振り返られるからでしょう。


 ありのままの自分を家族にも友達にも認めてもらい、幸せに過ごしていた少女たち。ところが成長するにつれて「女なんか」と貶おとしめられ、性の知識がない少女の頃から男性に性的な目を向けられ、時には性暴力に遭い、社会でも家庭でも女性差別に苦しめられる……。主人公たちが味わったような生きづらさは、国を問わずどの女性も多かれ少なかれ感じていることでしょう。

 でも、主人公たちは現状をただ嘆いているのではありません。大変な状況の中でも活路を見出し、這い上がり、前向きに生きようとしているのです。

 特に印象深いのが、「ちいさなお供え、たてた誓い」に登場する女性。夫の言いなりだった弱い祖母と母親のようにはならないと誓っていた彼女は、後に祖母にも母親にも強さがあった、他の人の苦しみを理解する力があったと気づきます。祖母・母親に誇りを持てたことでようやく自分を愛することができ、生きる力を取り戻す彼女の姿は、読んでいて胸が熱くなります。

 収録作品「すごくきれい」には、こんな一文がありました。

 わたしたちはこの世界を立て直しながら生きていくんだ。
(中略)
 じぶんの人生を生きてくって意味ね。喉も使うし手首も使う。
怒りと欲望と、喜びと悲しみとそしてたぶん、愛も、それで傷つ
くまで。でも、チクショウ、みんな(ガール)。生きていこうぜ。

「すごくきれい」(サンドラ・シスネロス著『サンアントニオの青い月』収録)


 何と力強いメッセージでしょうか。「女だから」というしがらみに囚とらわれず、自分の可能性をひろげながら生きていく。そのことが誰かの生きる力にも、世の中を良くする力にもなるのだと感じさせられる作品です。ぜひご一読ください。

※点字図書を読みたい方はサピエ図書館でご覧いただくか、当館までお問い合わせください。

書籍情報

『サンアントニオの青い月』
著  者:サンドラ・シスネロス
翻  訳:くぼたのぞみ
出  版:白水社
ジャンル:文学


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