初めての店で挙動不審になった日から3日間の日記のようなもの
レシプロソーが欲しい。
仕事となれば、初めての場所、はじめましての人も、久しぶりに会った親戚のおじちゃんや友だちみたいに一気に間合いを詰められるのに、私生活では、まったく頼りにならない自分である。
されど、自分でやらねばならぬ、行かねばならぬことはある。というわけで、初めての店へ向かった。
それは金曜日の昼下がり。
とにかく、庭が壊滅的に荒れている。手入れが必須なのはわかっている。
藤の木で生まれたキジバトのヒナたちも巣立ち、もう庭仕事を拒む理由などなにもない。にもかかわらず腰が重い。そうか、工具が無いからだ。と、結論に至ったのだ。
今回は、剪定鋏では太刀打ちできない枝を切る必要がある。手鋸での作業は骨が折れる。レシプロソーとやらの電動のこぎりを手に入れたら、重い腰もあがるに違いない。
動画サイトや通販サイトをのぞいて、わたしにも扱えそうな機種を探した。重量は? パワーは? バッテリーの持ちは? 表記の数値だけではいまいちピンとこない。実際に手に取ってみるしかない。
そんなこんなで、いつものホームセンターとは別の、工具が充実していると噂の店へ。
駐車場に乗り付けると、見渡す限り、車体の横に社名がはいった車ばかり。車の中も、そこいら辺にも、作業着姿のおっちゃんたち。なんだか見られている!? そう感じてしまった途端にドキドキがとまらない。ちょうど店内から出てきたおっちゃんがいたので、そちらの方向へ足を急がせる。と手前に『入口はこちら⤴』違う方向を指し示す看板が目に入る。
不自然な曲がり方になっただろう方向転換をして、矢印の方向へ一歩二歩。だが、その先に入口らしきものは見あたらない。あぁ、どうしよう。
気のいいおっちゃんたちは、挙動不審のわたしに助け船を出してくれようとしているのかもしれない。何気に近づいてきてくれても、いたたまれない。ああ見えてシャイなおっちゃんたちは、自分から声を掛けてはこない。だが、こう見えてこちらもシャイなのだ。仕事ではないので、別人格にはなれない。
わたしの脳は、ここは店の裏で入口は反対側にあるのだと、早計な判断をくだす。早歩きで車に引き返し、すばやく乗り込み、逃げるように発車する。
一旦車道に出てぐるりと回り込んでみた……
が、店の反対側はあきらかに『裏側』だった。
今日はルート確認ということにしておこう。そのまま手ぶらで帰った。
さて、土曜日は朝から憂鬱である。やっかいなことに天気がいい。庭仕事には絶好の日和。なにごとも溜めれば溜めるほどおっくうになるのだ。やるしかない。とはいえ、レシプロソーを諦めたわけではない。今日こそは、買いに行く。ただ、昨日は時間帯が悪かった。夕方になったら行こう。
というわけで、木々の枝はともかくとして、今日は、南側の地面をすべてやっつける。たかが短辺152.5センチメートル、長辺274センチメートルの卓球台を、2台も並べられない程度の庭である。だが足を踏み入れる隙間さえない。うっそうと生い茂る草花が地表を埋め尽くす庭でもある。
うちの庭は、わたしが仕事ほか諸々にかまけて庭を顧みなかった年月の間に、主体的に出張管理をしてくれていた実家の母と姉によって、雑多な草木が持ち込まれている。
藤の木を筆頭に実家から移植された木や、いただいたはいいが実家の庭には似合わないという理由でこちらに植えられた花。茶花に使うという姉秘蔵の草花。加えて、どこからともなくやって来て根付いてしまった草花。それらが毎年生存競争を繰り広げている。抜くべき草、抜いても良い草、絶やしてはいけない草。庭の手入れのいろはは、それらの葉の形を覚えることから始まった。
まずは、縦横無尽に地表を這い、隣家の庭に侵入しようとしているツルニチニチソウを刈り込む。刈り込む。刈り込む。
ボウボウと生え、のびのび育ってしまったユキヤナギの新枝を根元から切りまくる。ツパツパツパ。
黄色く立ち枯れたミョウガの茎を引く。引く。引く。
伸びすぎた茎を支えきれずにおじぎをして、まるでグランドカバーかと思う様相を呈しているシャクチリソバも刈る。ザック、ザック、ザック。
その合間を縫って、抜くべき草もわしわし抜く。
ラスボスは、定住してしまったヤブガラシだ。葉の付け根から巻きヒゲをのばし、ありとあらゆる草木に絡みつき、覆い尽くし、枯らしてしまう。やっかいな存在である。すでにヤマブキのあまたの枝ががんじがらめにされている。剪定鋏を入れながらビヨヨ~ン、ビヨヨ~ンと引っ張る。
なぜこんなに植えることが可能だったのかわからない立ち並ぶ木々の枝の下で、わたしの作業は続く。わたしの前に道はない。わたしの後ろに刈り取った草の山が連なる。本日は、この山を処分するまでがワンセットである。
そして、
まだ明るい土曜日の午後。浴槽に浸かりながら、『よく働いたなぁ』と畑仕事に精を出す姉が聞いたら鼻で笑うであろう戯言で自分をねぎらう。レシプロソーは明日にしよう。そうしようと思う。
日曜日がやってきた。くだんのホームセンターへ、レシプロソーを買いに行く。本日のわたしは気合いがはいっている。が、駐車場に乗り付けると、そこは金曜日とはまったく別の世界観。並んでいるのはあきらかに乗用車たち。車の中も、そこいら辺も、若いカップル、シニアなカップル、お父さん、そしてわたしのようなおばちゃんたち。晴れやかな空を見上げる。素晴らしきかな週末。
『入口』は、どう見てもここでしょという佇まいで、目に飛び込んできた。通い慣れた人のように当たり前の顔をして店内へ吸い込まれる。
レシプロソーの棚の前にはりついて唸ることしばし。人気ブランドの機種に手を伸ばし、やっぱりダメかぁ重いなぁとか、これいいな、でもブレードを取り付けるのが厄介なんだよねぇとか、ネットで仕入れたにわか知識とすりあわせをする。
結局、来て見て触って満足したわたしは、手ぶらで帰った。
候補に上げていた機種の中から削除法で、店にはなかったレシプロソーをネットでポチる。