チェンマイの秘境で、タイルー族と過ごす1日
チェンマイを少し離れタイルー族の静かな村へ
チェンマイ市街地から車を走らせること1時間弱。観光地らしいきらびやかさもなく、ひっそりとした村が見えてきた。そこは、タイルー族という少数民族の集落。この場所を訪れた瞬間に感じたのは、都会の忙しなさとはまったく違う、深い静けさと時間の流れだ。知らない土地の匂い、タイ語とは違う耳に馴染まない言葉。何もかもが新しく、それが妙に心地よい。
タイルー族って、どんな人たち?
タイルー族は、約700年前に中国南部のシップソーンパンナーからタイに移住してきた少数民族だ。彼らが織る布や染色は、ただの手仕事を超えて、まさに生き方そのものだと感じる。赤や青を基調とした織物には、世代を超えて受け継がれてきた知恵が詰まっている。機械で量産できるものではない、ひと目ひと目に込められた彼らの「想い」に圧倒される。
都会で暮らしていると、「便利さ」に価値を感じる場面が多い。でも、こうして村人たちと過ごしていると、便利さよりも「丁寧さ」が人の心を豊かにするんだと気づかされる。
チェンマイはそんな都会の「便利さ」と「丁寧さ」が同居する、世界でも珍しい場所の一つだと33カ国をゆっくりと回って思う。
タイルー族のような伝統的な暮らしを守る部族が集まり、みんながそれぞれの生き方を尊重しながら暮らしている。
ガチョウの卵とバナナの蕾。驚きの料理体験
のどかな田園と湿地に囲まれた集落。裏庭でガチョウが「ガァガァ」と騒いでいる。そこで村の女性が「卵を取ってみなよ」と軽く促してくれる。掴んでみると、ほんのり温かい卵に触れる感触がなんとも新鮮だった。当たり前だけど卵は生き物で、自然の恵みだということを感じる。
この卵を添える料理は、ここでしか食べられないサラダ。
伝統的な土鍋で薪を燃やしてグツグツとゆで卵を作る。
そこに加える食材が驚きだった。バナナの蕾。村に自生しているバナナの木からそれを摘み取り、丁寧に刻む。それをタイでよく愛されるトマトと鯛に似た魚の缶詰、さらにそのへんで自生しているマナオ(小さなライムだ)を和えると、思わず声が出るほど美味しい。
実際「うまい!」と自分も含めて一緒に行った仲間たちが叫んでいた。
自然の中で生まれたもので作る料理には、どんな高級レストランにもない「なにか」がある。それはこのチェンマイの街に漂う居心地の良さと本質的には同じものだと感じる。
踊りでつながる時間
料理を楽しんだ後、村の人々の広場に向かうと村の人々が集まり始めた。今日は伝統舞踊を見せてくれるとのこと。日本の民謡にもどこか似ているなんとも懐かしい音楽が流れ出し、色鮮やかな衣装をまとった村人たちが、ゆっくりとステップを踏む。途中で「一緒に踊ろうよ」と誘われるまま、輪に加わる。ぎこちない動きながらも、みんなが笑いかけてくれるおかげで、次第にリズムに乗れるようになった。ただ足を動かしているだけなのに、心がじんわりと温かくなる。
踊りには様々なものがあるようで、歓迎のために女性が舞った剣の舞は中でも印象的だった。どんな意味があるのだろうか。
織物の美しさと、その先の食文化
踊りが終わった後、今度は伝統的な家屋の中で炊事や織物の作業場を見学することに。村の女性たちが織り機を操る手元をじっと見ていると、その技術の細やかさに驚かされる。模様ひとつひとつに意味が込められていると聞き、その深さに圧倒される。織物は見ているだけで、村の文化の奥深さを感じさせてくれた。
このような模様は世代を超えて少しずつアレンジされいくため、紡がれてきた家族の歴史そのものだと聞いたことがある。
日本に住む私達の時代にそのような創作物が無いことが少し残念でもあり、彼らが羨ましい。
そして、織物の体験が終わったタイミングで振る舞われたのは、タイルー族ならではの素朴な食事。まず登場したのは、伝統的なコメを使ったせんべいとお餅。噛むほどに広がる優しい甘さがクセになる。そして、タイルー族風にアレンジされたパッタイがテーブルに並ぶ。ピーナッツの香ばしさとともに、ほのかに感じるスパイスが絶妙だ。どの料理も派手さはないが、一口ごとにほっとする美味しさがある。食べる手が止まらなくなる、そんな料理だ。
「身体に優しいのでいくらでも食べられる」と仲間たちと言い合い、ついつい箸が進み食べすぎてしまう。村の人達の笑顔と一緒に最後までその素朴な味を堪能した。
未知との出会いが変えるもの
この村での時間は、決して豪華でも、特別なイベントがあったわけでもない。ただ、自分が知らない文化や暮らしに触れることで、いつの間にか心が軽くなっていくのを感じた。タイルー族の暮らしにあるのは、効率やスピードとは違う、「丁寧に生きる」ということ。
新しい世界に飛び込むのは怖いけど、その先にはいつも「発見」が待っている。そしてその発見は、「言葉としては知ってるけれど、まだ実感したことがない」ようなことだ。
この村の人たちが教えてくれたのは、そんなシンプルで深いことだった。
チェンマイを訪れるなら、少し冒険してタイルー族の村を訪ねてみてほしい。そこには、きらびやかな観光地にはない「本当のタイ」がある。都会では味わえない静けさ、自然、そして人の温かさ。きっと心に残る何かが待っている。
今回タイルー族の村への素敵な旅を提供してくれたのは
※取材協力:タイ国政府観光庁