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レビュー『人はなぜ戦争するのか』
ウクライナ戦争の終着点がみえない今日この頃。
戦争について考えるヒントとなりそうなものを探していたら、本書と出会った。
短い本なので1時間ほどで読了。
しかしテーマがテーマなだけに、読後に考えさせられた。
本自体は、アインシュタインの質問にフロイトが答えるというもの。
アインシュタインが「一番重要なテーマについて、一番意見を交換したい相手と書簡をかわしてほしい」と国際連盟に依頼されたのが発端だ。
選ばれたテーマは「戦争」で、選ばれた相手はフロイト。
フロイトは「そもそも人間は戦争をするもの」と結論づける。
戦争を起こすのは、権力者とその権力に群がる人だけでなく「民衆」。
それは民衆が、「死への欲動」を持っており、権力者の意見に従ってしまうからだといういう。
この「死への欲望」というコンセプトを導き出すフロイトの観察と分析も興味深い。
フロイトは孫の行動を見てある仮説を立てた。
母親が外出したときに、孫が一人ぼっちになっている。
彼は糸巻きを放り投げて、それを手繰り寄せる行動を繰り返していた。
フロイトはそこに2つの意図が隠されているという。
1つ目は、糸巻きを投げ、手繰り寄せるというのは、母が出て行き、母がまた帰ってくると言う行動を抽象的に表現。
2つ目に、糸巻きを母にみたて、母を投げるという、母への攻撃が加えられているということ。
前者は、受け身で耐えるしかない「母の不在」という不快な経験を、能動的に表現することで主体的に引き受けている。
後者は、自分をほったらかしにした母親への復讐を実現している。
つまり、戦争をやめられない原因は「人間の心自体」にあり、人間の心には破壊欲動が存在するということだ。
精神分析学を生業とする彼の目からみれば、「人間の良心」ですら「攻撃性の内面化」から生まれる。
ゆえにフロイトは、大きな権限をもつ「巨大な中央集権機関」をつくることに解決を見出し、アイシュタインも同意していた。
すべての国が、自国の主権を一部放棄し、紛争が起きた時にはその機関に調停をゆだねるという解決策だ。
現在の「国連」では、戦争を抑止するまでには至っていないのが現実なので残念だ。
またフロイトは、文化の発展にも期待していた。
理性は心の在り方を変えるので、理性が生み出す「戦争の拒絶」に希望を見出していた。
この理性と、将来の戦争がもたらすとてつもない惨禍への不安が、戦争を防ぐ希望となる。
さいごに、本書のポイントは付録でついている養老孟司氏と斎藤環氏の解説。
養老氏は、人は変わり社会も変わり、戦争も変わるという、「脳化」による説明。
斎藤氏は、文化による戦争抑止について。特に日本の戦争放棄の憲法について語られる。
それぞれの解説が、アインシュタインとの問いとフロイトの回答を現代の立場から補強しており、読みごたえ十分。
人間の本性について真摯に語り合う二人の天才、アインシュタインとフロイト。
この書簡のあと、二人ともナチスドイツによって米英に亡命するという運命をたどる。
書簡をかわす際にも、自らの身にせまりつつある脅威を感じていたはず。
100年近く前のやりとりだが、今読んでも色褪せない内容だ。
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