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「わたし」の正体:橘玲『スピリチャルズ』レビュー

本書は、無意識、パーソナリティ、遺伝子について解き明かしてくれる本。

『スピリチュアルズ』というタイトルを見ると、「オカルト的な本」と誤解しそで、普段ならば全く反応しない。

しかし、著者が橘玲氏となれば話は別だ。

彼の本はいつも斬新な視点を提供してくれ、人間の本質を理解するのに役立つからだ。

科学的データに忠実で、脳科学、進化心理学、行動遺伝学、進化生物学といった多岐にわたるの近年の研究結果をもとにしている。

そして、そこから得た知見を、分かりやすく解説してくれている。

「わたしは何者か?」という謎の一つに、「わたしもあなたも、たった"8つの要素”でできている」と答えているのが痛快だ。

人格は変えられない

自分に合わない分野でがんばっても、おそらく、ほぼ成功しない。

それは誰もが何となくは感じていることではないだろうか。

しかし親や教師たちは、そういうことをハッキリとは教えてくれない。

むしろ「頑張れば~できるようになる」とか「才能は関係ない」といったキレイごとを押し付けてくる。

そんなウソに、一石を投じる本書はじつに痛快であり、よい意味で「人生はあきらめが肝心」だと思った。

本書の重要部分は、以下の三点。

1. 人格の大部分は、遺伝や無意識が関与しとえり、本人の努力では(ほぼ)変えられない。
2. まずは自分の人格(適・不適)を知ることが大切。
3. 自分に合った環境を見つけ、そのなかで頑張ることで、成功するチャンスを最大化。

わたしとは?

「わたし」とはヒトという種が進化の過程で獲得した、「子孫をたくさん遺す」ためのツールだ。

ゆえに、「わたし」は真理を探究する哲学者ではない。

ただ、周囲の厳しい環境をどうにか生き延び、他の個体より多くの遺伝子を残すべくもがき、奮闘する人間が、その目的のためだけに場当たり的にこしらえたのが「わたし」。

これが、本書でいう「スピリチュアル」であり、実体のない「幻想」ともいえる。

「わたし」は「わたし」であり、世界にただ一人で唯一無二であり、「わたしの一生」というかけがえのない人生の「主人公」として生き抜き、そしていつか惜しまれつつこの世を去っていく、というのがひとまとまりの幻想だ。

ゆえに、「わたし」の苦悩や不幸といっても、そんなものはすべてはじめから存在しない。

なぜありもしない幻想にとらわれて苦しんでいるかというと、子孫をたくさん遺すために、「高い知能」と「高い社会性」という長所と得るため。

いくら「幻想」にすぎないとはいえ、そこから生まれる「苦しみ」は決して消えないことがポイントだ。

わたしたちは、「わたし」という幻想と、そしてそれが生み出す厄介な苦悩と、うまく付き合っていくしかない。

わたしの要素

この「わたし」を主だった要素に分類すると、パーソナリティ心理学の分野で使われている、「ビッグファイブ」なる5つの因子に還元される。

本書では、そのビッグファイブを一部改変し(5因子を6因子に展開し)、さらにそこに「知能」と「外見」を加え、以下のように新たに「ビッグエイト」としている。

1. 内向的 vs 外向的
2. 楽観 vs 悲観
3. 同調性
4. 共感力
5. 堅実性(=信頼性の有無)
6. 経験への開放性の有無(=面白いか、退屈か)
7. 外見の良し悪し
8. 知能の高低

これらの組み合わせが、「わたし」のキャラクターといえる。

この因子を分析した結果、「自分がどんなパーソナリティ特性を持っているか」が分かる。

たとえば「内向的/外交的」では、生まれ持った刺激への敏感性がカギ。

刺激に対して鈍感な人は覚醒度を上げようとして、強い刺激を求め外交的に。

反対に刺激に対して敏感な人は覚醒度を下げようとして、強い刺激を避けて内向的になる。

そしてもう一つ分かるのは、「その特性の大部分は遺伝によって生得的に決まっており、また残りのかなりの部分も、幼い頃の友人関係よって形成されている」という事実。

つまり、大人になって「わたし」のありように悩んだとしても、それを変えるために今からできることはほぼないということだ。

「彼を知り、己を知れば、百戦して危うからず」というように、何をするにしても、勝ちたければ自分を知ることがカギとなる。

その点で本書は、「わたし」もたった8つの要素で出来ていると教えてくれ、自己理解につながる。

成功するには?

本では、成功しやすい性格を以下のように定義している。

高い知能 + 高い堅実性(=信頼性) + 精神的安定

残念ながら、そのような知能や性格を後天的に身に着けることは、先ほどみたように、ほぼ不可能だ。

それではどのようにすれば成功に近づけるのだろうか。

それは、自分の能力を磨くのではなく、パーソナリティーに合った仕事・場所を探すことといえる。

苦手分野の克服は可能ではあるが、多大なストレスがかかり、健康にも良くない。

自己啓発本を読み、苦手分野を克服しようと努力するのではなく、自分のパーソナリティーを活かせる分野やコミュニティを探すことに意思と時間を使うべきといえる。

今の職場で苦しんでいる人は、出世を目指すよりも、部署移動や、転職活動に精を出した方がいいと言える。

まとめ

昨今の心理学の研究知見にもとづき、「わたし」とは何かを論じた本。

そしてその「わたし」は、たった8つの要素で説明ができるというのは衝撃。

登場するトピックは脳科学、心理学、遺伝学など多岐にわたるが、「わたし」という謎を解明するさまはスリリングだった。

自分の性格に悩んでいる人に是非読んでほしい本だ。


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