SNS時代の自己表現を学ぶ『簡潔で心揺さぶる文章作法』島田雅彦
エッセイの名手による、SNS時代の自己表現本を発見しました。
それが島田雅彦さんによる『簡潔で心揺さぶる文章作法』です。
こまかい技術的なことよりも、マインドセットを中心とした内容となっており、これからSNSを使って発信していこうとしている人にオススメ。
古今東西から多数の引用があり、読んでいて飽きさせません。
孤独であることが創作のエンジン
本書の構成は大学での講義をまとめたもののようで、以下のように成り立っています。
・第1章 :短文で綴る前の意識鍛錬
・第2章 :私小説で考える自己表現
・第3、4章:短文に挑む準備段階
・第5、6章:短文レッスン
おどろいたのが、第1章が現代分析からはじまっていること。
文章を書くまえに、今がどんな時代なのかを考えるという視点は斬新でした。
著者いわく、現代は個人の自由や理想が、大衆の欲望と資本の原理によって平準化されてしまった時代。
そんななかでは、個人の意見が封殺され、沈黙が強要されてしまいます。
結果、個人はオーラ(個性のようなもの)を失ってしまいました。
さらに、すべての事物が情報化される時代には、スピードが重視され、誰もが立ち止まってじっくり考えることできることができません。
これは、時間をかけた情報処理を社会が許さないことを示しています。
具体的には、隣に住んでいる人が誰なのか分からない状態で現代をよく物語っています。
そんな時代だからこそ文学者たちは、自意識の世界に入り込み、「孤独」の道を選んだと言います。
たしかに、一度立ち止まり周りに流されないようにするには、孤独という環境に身をおくことが有効な解決策だと思いました。
ニーチェの文章はツイート集?
本書で印象に残っているのが、ニーチェのアフォリズムの著作は売れるべくして売れたツイート集だったというお話。
ふつう哲学書というと、いくつもの章をつかってやっと結論にたどり着くような構成をとります。
しかしニーチェの文章は、簡潔でわかりやすいもの。
わかりやすさがもたはやされる21世紀において、ニーチェの簡潔な文章はわかりやすく引用もしやすいため歓迎されました。
著者いわく、ニーチェが長い文章をつづることができなかったのは、体が健康でなかったからとのこと。
ニーチェのような人には、体調が悪いのも、一概に良くないとは言えないと思いました。
また、ライプニッツや、オランダのスピノザの文章も同様に短く、わかりやすいものになっています。
なぜ彼ら以後に書かれた哲学書が分かりにくいかというと、彼らの時代に、いままで一緒だった哲学と科学が独立してしまったからです。
科学は、第三者による検証不可能なものに関しては追求しないこととなり、哲学は「わからないことの領域」が担うようになりました。
それにより、哲学に「ああでもない、こうでもない」という逡巡が入り、分かりにくものになってしまいました。
いままで「分かりやすい哲学書」というのは、「現代人が書いた哲学の入門者」というイメージがあったので、「哲学者が書いた哲学書」に分かりやすいものがあるというのは驚きでした。
トレーニング法
本書から抽出した文章のトレーニング法を以下にまとめてみました。
・ニーチェ、スピノザ、ライプニッツのアフォリズムから文章を学ぶ
・孤独になる(同調圧力の強い現代社会では、孤独であることが創作のエンジン)
・個性(オーラ)を得るには、
・目的を持たない散歩をし、自己の見解をブラッシュアップ
・それを人前に出して、他者の評価を受ける
・パターンにはまらない努力をするには「意外性」を持たせること
・ひと手間をかけて、推敲する
・その他のトレーニング法
・寝ているときにみた夢を記録する
・日記に丸裸の自分を書く
・アフォリズムを作り替える
・一生使わないであろう言葉、またはこれまで使ったことがない言葉を積極的に取り入れる
・手書き(手書きは労力を必要とする分、無意識に無駄な言葉を省くようになる。)
いままでニーチェの本は『ツァラトゥストラ』しか読んだことがなく、そのときはあまり感銘をうけませんでした。
しかし本書を読み、アフォリズムの傑作と名高いニーチェの『愉しい学問』をさっそく注文しました。
手に届くのが楽しみです。
ほかに興味深い点は、レッスンに散歩を取り組んでいること。
哲学者は散歩好きが多いときいたことがありますが、思考を自由な方向で発展させるのに散歩は有効なのかもしれません。
日常的な散歩は、買い物に行くときぐらいなので、無目的の散歩を早速取り入れていきたいと思いました。
おわりに
本書は著者の法政大学での授業「メディア表現ワークショップ」がもとになっています。
本書自体も読みやすく、スラスラと読むことができます。
それでいてすぐに実践にうつすことができ、文章修行の道を示してくれています。
SNSでの自己表現に悩んでいる人や、小説を書いている人にオススメの本です。