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歌集『舞う国』刊行一周年記念
こんばんは、『舞う国』刊行一周年を記念して拾遺とあとがき没案を公開します。ささやかですが、お楽しみください。
『舞う国』拾遺 二十首
春の日に自首しに行ったレコードが向こう岸から聴こえる夜中
せいひん、とつぶやく時に「せ」のおとが滑り込むよう実社会へと
灰色のトップス七百五十円 川に沈んだインター、プライスレス
今はなき映画館にて看板を描いていた人の瞳が見たい
惜しみなく最後に残すらーめんのナルト あなたは笑ったら良い
誕生日 優しくいたいと思うほど月で引っ掻くことを恐れた
城だって幽霊になる会うのなら心は閉ざしたまま待ちなさい
寝返って立って歩いて喋り出す バイクでじゃあねと去るまでの距離
寂しい 捨ててしまったぬいぐるみ 寂しい 観られなかった映画
エンドエンド、のっぴきならない理由なら車を止めてここから歩くわ
一人ではどうしようもない距離感に水鉄砲食らわせれば倫理です
逆算で生きていけない私たち つまりはみんな等しく花弁
会いに行く ときずっと迷ってねアロンアルファのような片恋
歯医者とはダンダンペジェシュク二回目の「ダン」に力を入れて伝える
また一つずつ作るしかないんだよ 鼈甲でできた眼鏡をかけて
皿がある ぼくらの旅は始まらず終わりもしないことを覚えた
毎日はスイッチバック少しずつずらして登ることで上まで
愛情は炭酸ソーダ 踊りましょ ネイルは碧色、旅をする色
モリゾーとキッコロ微笑む世界では森林火災で何人も死ぬ
あ、何か、今落ちたよね? コンタクトレンズか或いは世界の箍か
あとがき没案 をあとがきとして。
私は二〇一九年に三十二歳でイランに三ヶ月間滞在した。ちょうど仕事を辞め、東京から茨城に帰ってきたタイミングでのことだった。以前、中東に旅行をしたことはあっても、生活する、となると話はだいぶ違かった。当たり前に鳴り響くアザーン、昼に必ず見る礼拝の風景、事あると読まれるコーラン、チャドルの女性たち、ラマダン時期の経験。そのどれもが私の感性を刺激し続けた。ただ、私がイランに滞在している間、刺激が大きすぎてか忙しさも相まってか驚くほど短歌は出来なかった。だけど、帰ってきてからそのときの光景が、経験が、じわじわと私の歌の中に入ってきた。私はまた、イランのことを広めようとし、冊子を作って販売した。それでもまだまだ。わたしにはやることがある。やりたいことがある。三十歳過ぎての経験がそうさせた。成る程何かをするのに遅いことはない。短歌だってそうだろう。冊子、歌集、同人、賞、企画、なんだって遅いことはない。自由に始めてみてほしい、やりたいと思った、あなたに。
『舞う国』はAmazonにて発売中!
引き続き、よろしくお願いします!
2023年1月14日 鈴木智子