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月刊旅短歌①

お待たせいたしました、
以前応募いただいていた「月刊旅短歌」の評を公開します。

数が少なかったので結局全部書かせていただきました。
それでは早速。(敬称略)

皿そばのお薦め店を聞きながら出石城下を俥夫に曳かれる
/ 雨虎俊寛
確かに、ご当地の情報を聞くなら俥夫さんに聞くのが良いと言いますね! 私は出石には行ったことがないのですが、人力車が出ているぐらいならきっと素敵なところなんだろうな……皿そばもおいしそうだし。とすごく旅の情景や進行が目に浮かび、期待が高められる一首だと思いました。シンプルで無駄のない構造なのがうまいですね。

急がずに行こうアイスは硬いけど終点までにじっくり溶かして
/くぼたむすぶ
これは新幹線のスゴイカタイアイスのことですよね。分かります! あれって折角なら旅のお供に食べたくなりますよね。そもそも旅ってどうしても気が急いてしまうところがあるけれど、本来ゆっくり楽しみたいものだよな……という気づきがこの一首に詰まっていますね。それを新幹線のアイスに投影させたのが面白いです。

甲板に胡座をかいてひとり夜ぬるい塩気と透き抜く星と
/南由白
甲板に胡座……というシチュエーションがなんとも渋いです。これは一人用の舟なのでしょうか? いずれにせよ大きい舟ではなさそうですが、夜に塩気を感じながら星を見ている……すごく情緒あふれますね。「浸っている」感じでしょうか。こんな旅をしてみたい気持ちになる一首です。「透き抜く星」という表現もとっても素敵ですね。

基隆の灯避けた細路を登る犬お前は右に僕は左に
/南由白
基隆が分からなかったのですが台湾の街ですね。港湾都市かぁ……良いですねぇ。アジアの細路って私に言わせてもらうと情緒が爆発してます(語彙……)。そこに犬がいて、でも向かう場所は違って……。舞台もささやかでありながらもロマンがあるし何より物語性があってとっても素敵な一首だと思いました。行ってみたくなるのは旅短歌として成功だと思ってます。

行き先を告げずに旅す息子の背 
その先世界はきみだけのもの
/雪谷 鱒
親心をあれこれ想像し、じんとする一首だと思いました。息子さんの成長、そしてこれからの人生の旅路をあたたかく見守っているのですね。行先を告げてくれないのは少し寂しいけれども、という気持ちもくみ取れる気がします。ただひとつ「旅す」は「旅する」の方が良かったかな? と思いました。

人生と旅を重ねてみるよりも
旅する先に我が人生はある
/雪谷 鱒
うーん、なかなか深い歌です。確かに人生と旅って重ねられがちですが、主体の場合は旅する先に人生があるんですね。でも分かるような気がします。旅をすると、本来の自分とか、本来ありたい姿の自分とかが浮き彫りになるような気がしますから。私も結構そういうタイプの人間なので。この歌はそれをビシッと言っていてカッコいいですね。

奥州路てくてくてくてく一人旅
どこぞ歩けど間違いはなし
/雪谷 鱒
なんか奥州路って渋いイメージがあるし実際派手さのない路な気がしますがそこを「てくてくてくてく」とコミカルな擬音語で歩いているのが面白い一首ですね。間違いはなし、というのはどこ歩いても良さがある、という意味合いでしょうか。主体の奥州路をしみじみ良いものと思っている心持が見えて良いなぁと思います。

溶けていた時間がゆらり動きだす夜明け、波止場に船が着く頃
/高良俊礼
この、時間の動き、というものが繊細に描かれているのがなんとも好きです。確かに夜は時間が刻々と進んでいるというよりは「溶けて」いるように感じますね。それが夜明けにまた動き出す。きっかけは船が着いたから。この何かの拍子に動き出す時間、というのはたまに描かれるモチーフですがこの歌のもつゆったりさは良いと思います。

路地をゆく知らない国の路地をゆく私に足りないものはサンダル
/高良俊礼
アジアかな、と思いました。サンダルあたりが。その前提でお話ししますがアジアって何でああもみんなサンダルなんでしょう。楽だから、なのかな……。歌の話に戻って、この歌はシンプルなリフレインが続いた後で突如サンダルが出てくるのですごくぎょっとします。でも、わかるんですよ、あー! って。それがすごく面白いですね。

3年前行けず終わりしベトナムの今を気にしつフォーの朝食
/Naomi.En
コロナ詠になるんでしょうかね。私も西安行きが駄目になっているんで分かるなぁと思います。行けなくなったものほど惜しくて、日本でフォーを食べるたびに行けていたらどうなっていたかな、今度はいつ行けるかな、と考えるんですよね。3年前というリアルな数字が入っていることで現実感のある歌となっていて良いと思います。

マニ車回し回して夜は更けて星の軌道もチャイに溶かして
/清
冒頭にマニ車とあることですべてが回転している気がする歌だなと思いました。時間が回る、星が回る、それがおそらくスプーンでくるくる回しているチャイに収束していって……。面白いです。結局、万物は回転といっても過言ではないんですよね。また「マニ車」「チャイ」というワードが異国情緒たっぷりで旅に出ている感満載です。

車窓には海色をしたワンカップ
ゆらりゆらりと筑肥線ゆく
/凛七星
たまらない一首ですね! やはり電車旅にはお酒、それも手軽なワンカップ! 私はお酒をあまり飲めないのですが、こういうのすごく憧れます。海沿いを走っておそらくカップに海が透けて見えることを「海色をした」と書いていることで表し、下の句には具体的な路線名まで。調べると福岡から唐津まで走っている路線ですね。どこへ向かうのか想像を巡らせます。

ざぶとんで居眠りをするネコ駅長
あみだにかぶる帽子まくらに
/凛七星
上と同じく電車旅の途中の風景でしょう。ネコ駅長、全国にぽつぽついますがぜひお会いしたいものです。でも会ってもネコ駅長は寝ていることもある、と。思わずくすりと笑ってしまう一首です。寝てても可愛いし会えて嬉しいのが猫ならでは、ですよね。あみだにかぶるって言葉知らなかったのですが、ちょっと偉そうな感じがして面白いです。

夕空に錆色をした鉄橋は
もう帰れない記憶への旅
/凛七星
鉄橋とあるからこれも電車旅ですが、上のネコの歌とは雰囲気がガラッと変わって切ない歌です。私は大学のゼミで勉強したのですが「橋」ってモチーフとして向こう側は異界だったりを表していることがあってこの歌の場合は「もう帰れない場所」なんですよね。つまり舞台装置として鉄橋がすごく効いています。思いを馳せるのもまた旅、ですよね。

何者でなくてもいいし湯に入れば
似た声もらす裸族の一人
/凛七星
よく「風呂に一緒に入ればもうみんな一緒だ!」みたいな論がありますが、それをうまく短歌に落とし込んでいるなぁと思います。この歌でミソなのは「似た声もらす」かな、と。多分お風呂に入るときの「あー!」みたいな声のことかなと思ったのですが、姿だけではなく声まで似ちゃうって面白いですね。

若き日のパリでの別れ色褪せぬ
プラザ・アテネの赤いファサード
/凛七星
ザ・異国詠! という感じですね。若き日のパリでの別れ……ロマンティックが溢れすぎています……! この歌ですごく効いているのは「赤いファサード」だと思います。赤ってすごく鮮やかな色だから「色褪せぬ」と呼応して視覚的にぐっと映えるんですよね。この歌は写真が付いてますがなくても容易に情景が想像できます。

春うららイベント参加遠出してそして輝く18きっぷ
/Hugo
「輝く18きっぷ」とあるので、この主体は18きっぷを使い慣れてない=新鮮な目で見ていることが伺えます。なんだか良いですね。その18きっぷの目的も「イベント参加」、これも多分、あまり行き慣れていない感じの。文フリでしょうか、それとも好きなミュージシャンや推しに会いに行くイベントか……「そういう旅っていいなぁ」と思わせられる一首です。

ほうき星たどって歩く上だけを見ていて飛べばひかる足もと
/水也
ほうき星をたどっていく旅、良いですね。最後の「ひかる足もと」が読み切れなかったのですが、これは何か比喩的な「あかるいもの」なのでしょうか。つまりほうき星をたどる旅の先は明るい何かがある、というような。他の人の意見も聞いてみたい一首でした。でもなんとなくロマンティックで童話のような雰囲気がとっても素敵な歌です。

以上、いただいたものにはすべて書かせていただきましたが「自分のが抜けている」という場合はDMあたりで教えていただければ幸いです。ミュートワードに引っ掛かってたりとか無きにしも非ずですから……。

さて今回お試しでやった「月刊旅短歌」ですが、思うところあり、今後の開催は未定になります。期待してくださっていた皆様申し訳ありません。また機が熟したら、あるいは不定期にふらっとやるかもしれないのでそのときはよろしくお願いいたします。

2023年3月26日 鈴木智子

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