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098_『ある一生』 / ローベルト・ゼーターラー

旅行や、仕事、あるいは転居といったように「移動すること」が当たり前の時代。まさか、旅行することの賛否について意見を交わす時代が来るなんて想像していなかった。

一生において、人はどれくらいの距離を移動するのか。訪れた国の数、飛行機に乗った回数、車の走行距離。おそらく、もう記憶を辿っても、正確にはわからないことばかり。

一方で、国を出たことがなければ、自分の生まれた街を出たこともなく、ましてや飛行機に乗ったことなどない人もいる。あるいは、雪を見たことない人や、海を見たことがない人も。

「一度切りの人生」と言う人もいる。その背景には人生において様々なことにチャレンジすることを是とする意図が感じられる。

でも、人生の価値は何をもって測るのが正しいのだろうか。

『ある一生』で描かれるのは、一人の人生に凝縮された物語。

ある山奥の村に生まれ育ち、そこで一生を過ごした男。正確には、戦争という不可抗力により戦地に赴くために街を出てはいるものの、彼にとっては、その街での時間こそがすべて。

むしろ、その日々の燦きこそが美しい。今日を生きること。そして、明日を生きること。そして、その先を見据えること。

変わらない日常でも、取り囲む時代は否応無しに変容し、その日常も変化していく。だから、今日をしっかりと生きることが何よりも大切。

この世に生きる誰しもが「ある一生」を生きている。忘れそうになってしまうけれど本当にその通りで、空を見上げれば、その空はどこまでも繋がっているし、誰かがきっと同じ空を別の場所で見上げているはず。

ある一生
著者:ローベルト・ゼーターラー
出版社: 新潮社
出版年:2019年
ページ数:153P




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