退屈と付き合ったり、勉強したりするために読む本 #本を着るということ編

はじめましての方ははじめまして。京都で色々なことをやっている研究者です。まもなく書籍が出る予定です。

こんな内容の本です。

20世紀になり、革新主義と呼ばれるアメリカの知識人たちは、「社会」という領域を発見しそこで活動しました。世紀転換期に立ち上がったと感じられたこの「社会」をシリアスに捉え、社会問題のために知的リソースを生かし、社会変動に合わせて学識を再編成した人物たちに、本書では注目しています。彼らはどんな社会問題を抱え、それをどのように議論し、取り組んできたのかを、ジョン・デューイを中心にみました。

ぶっちゃけ高い本ですが、たとえ読まなくても買っておいとくに足るものになるよう、表紙絵やカバーデザインなど、こちらが関われる限りはこだわりました。

「楽天カードの新規登録をしたら6000ポイントをもらったから、それで予約しました!」というかしこい声を聞きました。かしこい…

特に表紙絵を描き下ろしてもらい、おうちに迎えたくなる学術書になったかと思います。ぜひぜひ!


切り取り線


さてさて、宣伝もそこそこにしときましょ。

人と直接交流する時間がなくて、本やコンテンツを勧めてほしいという声をちょいちょいもらうので、ざっくばらんに、何回かにわけておすすめしていきたいと思います。

ある種の気質の人は、常々「退屈さ」に向き合っているはずですが、「人に会うな」という命令の下にあることで、多くの人が、(たとえやるべきタスクが無数にあったとしても)この種の「無為」に直面しているかと思います。

だから「退屈」を掲げているわけですが、それはともかく、とにかく楽しい本、むちゃ推しのやつ、普通におすすめしたいコンテンツをゆるっと選んでいきます。

複雑な縛りはないですが、絶版でなく、手に入りやすいものという条件だけは設定しておこうと思います。同人誌とかはなしってことですね。

前回の記事はこちら。

私は服とか結構好きなんですけど、やっぱり新しい服を着ると心は弾みますよね。鷲田清一が言うように、衣服は「第二の皮膚」。私なりの言葉を使えば、ファッションは、「私」という人間のセルフイメージの重要な構成要素であり、自分と世界のインターフェイスだという感じがします。

そういうわけで、今回は「衣服/ファッション」の観点から色々な本を紹介したいと思います。#本を着るということ編 はじまるよーーーー


縦ちょんの連続


1.谷川嘉浩「ブーアスティンは消費者の粗雑な類型論を展開した本質主義者だったのか:D. ブーアスティン観光論/消費社会論の批判的再構築」

まず最初に紹介するのは、私の論文です。フランスの社会理論家、ジャン・ボードリヤールの先駆、記号的消費論を展開した歴史家のダニエル・ブーアスティンの主著を扱った論文です。

彼の主著はこちら。

アメリカ社会が近代化する中で、消費社会が到来しました。ブーアスティンのこの本は、消費社会の生成と構造を明らかにしたもので、特に彼は消費社会の到来の「以前/以後」で変わってしまった人間の感性を論じました。

思想的なことをいえば、カルチュラルスタディーズや文化産業論の系譜に属する議論として読むことができます。

元々、衣服は自分たちで仕立てるのが普通だったわけですが、今や「どのような服を着たいか」という欲望は、産業に常に先回りされており、私たちは最初からそれがほしかったみたいに、提示された服の中から「これだ」と思うものを選び出します。

ブーアスティンが論じたのは、こうした中で変わってしまった私たちの経験のあり方です。割合読みやすいので、ファッションの話を念頭に置きながら読むこともできるはずです。


2.鷲田清一『モードの迷宮』

次は、鷲田清一のモード論。

内容紹介はこんな感じ。

たとえば、このドレスはわたしの身体を覆っているのだろうか。逆に晒しているとはいえないだろうか。たとえば、衣服は何をひたすら隠しているのだろうか。いやむしろ、何もないからこそ、あれほど飾りたてているのではないだろうか。ファッションは、自ら創出すると同時に裏切り、設定すると同時に瓦解させ、たえずおのれを超えてゆこうとする運動体である。そんなファッションを相反する動性に引き裂かれた状態、つまりディスプロポーションとしてとらえること、そしてそれを通じて、“わたし”の存在がまさにそれであるような、根源的ディスプロポーションのなかに分け入ってゆくこと、それが問題だ。サントリー学芸賞受賞作。

サントリー学芸賞は、買って間違いない賞ですよね。実際これは良い本で、鷲田清一はどの本も大体似たようなことを言っていますが(そしてそれは悪いことではないのですが)、『モードの迷宮』が最も端的かつまとまった仕方で文章にしてくれていると私は感じます。

ところで、この本を「1」で紹介した論文で引用しています。せっかくなので紹介させてください。まず私の文章、地の文から。

彼〔=ブーアスティン〕の意図を把握するために補助線を引こう。哲学者の鷲田清一は、記号論的な立場から「たまたま特定の歴史的な制度に憑かれることによってそのようなものであるにすぎないということを隠蔽する」仕方で対象を取り扱う戦略を批判し、それが別の仕方で対象を把握する可能性を奪うことに注意を向ける。

要するに、二つの物の見方が対比されているわけですね。

まず、物事の根底には「偶然性」がある、つまり、「そうでないこともありえたにもかかわらず、たまたまそうなっている」という事態があるという見方。それに対して、そういう偶然性を語り落し、「そうでしかありえない」とみなす必然性の見方。鷲田清一が肩入れするのは、明確に前者です。

上の文章に続けて、こんな文章を引いています。

自分をひとつのイメージで包囲することは、いまあるのとは別の自分でもありうる、という密かな声を抹消することでもある。この別の可能性への感受性を封じこめるために、言いかえれば、自他のあいだで共有された意味の軸線にそって自分を象るために、……統一的なイメージが、……一貫した構成スタイルが強く求められることになる。(『モードの迷宮』135頁)

私たちは、「〇〇っぽく」見えるように、「〇〇らしく」あるように似たようなスタイルの衣服、イメージに揺れのない衣服で身体を覆うかもしれない。

けれど、見れば見るほど見方が変わっていくような衣服があってよいはずだし、私という人間が着る服に何か一貫性がある必要はないのではないか。……例えば、こんなようなことが上の引用からは読み取れます。

『ちぐはぐな身体』という本もあります。確かこれは、高校生向けの講演をもとにしたもので、『モードの迷宮』よりは具体的な話が多いですが、少しテーマが違っていたはずです。

あと、余談ですが、色々文章を遡って探していたら、アーティストの大槻香奈さんの展示「神なき世界のおまもり」(2016)のレビューの中で、鷲田清一(とファッションデザイナーのソニア・リキエル)を引用していました。貼っておきますので、ご笑覧ください。


3.小野原教子『人を着るということ Mind That Clothes the Body』

次に紹介するのは、漫画やエッセイ、論文、英語論文が入り混じった、何か賑やかな本です。小野原さんの本。

内容紹介は以下の通り。

衣服と言葉はそんなにも似ている。人として生きるということは、意味を着たり脱いだりしているということ。ファッションは時代と環境のなかで常に変化していくけれど、変わらないことがある。衣服はからだの枠組みを作り、こころを着て他者に呼びかけ、動いて関わり、自我を隠すも自ずと現われ、ひとり遊ぶこともできる、空虚な中心のわたしの分身。その普遍の理論である着る行為の意味を探究する。

「なぜパジャマを着てお出かけしちゃいけないの?」という質問にどう答えることができるか。流行とは対極にある、僧侶の袈裟から衣服を考えると何が出てくるか。

いずれの文章の問いも、とてもセンスがよく楽しんで読めますし、どのセクションも長くない上に、そこそこ独立しているので、以前の話が十分腑に落ちなくても先へ先へと読めるのではないかと思います。

個人的にはとても好きな本です。

ところで、パジャマを着て出歩くことの奇妙さをうまく視覚化している映像があります。ソーシャルメディアやYouTubeで活動している「記憶の宮殿」の「バード」という曲のMVです。

フルバージョンの曲ではないのですが、始発の人たちとは逆を向いてパジャマ着てあくびをしている姿は、夢見心地と現実のほどよいハイブリッドという感じがでていて、結構いいですよ。

(小野原さん、献本ありがとうございました)


4.堀越英美『女の子は本当にピンクが好きなのか』

次は、堀越英美さんの『女の子は本当にピンクが好きなのか』。

ヤマシタトモコさんの『違国日記』と並んで、「とりあえず人類読んで~~~!!!」と言いたくなる本。で、内容紹介はこんな感じ。

生まれつき? それとも社会がつくりだしたもの? 「よもや自分の娘がピンク星人になってしまうとは」。ピンクが私たちにもたらしている「女らしさ」「男らしさ」に関する無意識の刷り込みを、国内外の事例をもとに徹底的に掘り下げる。単行本未収録エッセイ「女の子が文学部に入るべきでない5つの理由」他を増補。

ジャクリーン・ケネディのピンクスーツから、モモレンジャー、STEM教育と知育玩具、バービー人形、女らしさ、プリンセスなど、様々な主題を縦横無尽に行き来しながら、ピンクという色が、女を勇気づけ、縛り、やっぱり励まし、ダサいと感じさせ、それはそれでありだともなり、やっぱり苦しめたりもしている複雑な現状を、さほど単純化しないままに、それでも読みやすくまとめながら、多角的に掘り下げていく本です。

色と「〇〇らしさ」というのは本当に厄介で、私はXジェンダー(性自認が男性でも女性でもない)なので、なおさらこの種の色規範には微妙な思いをさせられてきました。

そういうもやもやを抱えていたのは私だけではないようで、昔指導していた学生と、研究仲間と一緒に「子どもと大人にとっての『子どもらしい色』『大人びた色』は同じなのか:日用品カラーデザインの予備的実験からの考察」 という論文を書きました(『京都女子大学現代社会研究』23号)。2021年中に公開されるはずですが、今のところまだのようですね……いつなんやろか。

『女の子は本当にピンクが好きなのか』は、「女の子らしさ」がどのように作られ、実際にそれが男女に刷り込まれ、そして女性の未来の可能性や選択肢が左右されていくかを描いた、それはそれは恐ろしい、その辺のホラー映画なんて目じゃないくらいゾッとさせるような本ではあるのですが、他方で「男の子らしさ」は? とも思うはず。

本書の終盤で、一章ほど割いてその点も検討されているものの、個人的にお勧めしたいのが、レイチェル・ギーザの『ボーイズ 男の子はなぜ『男らしく』育つのか』です。

子育て中の人も、子育てが終わった人も、子どもを持たない人も、男性も、女性も、その他のセクシャリティの人も、絶対に面白く読むはずの本です。ジャーナリストが書いた一般向けの本で、帯には堀越英美さんの名前もあります。

子育て中の同僚に勧めたらすっかりはまった、堀越英美さんの『スゴ母列伝:いい母は天国に行ける、ワルい母はどこへでも行ける』も一緒に是非。

野中モモさんの書評も貼っておきます。


5.井上雅人『ファッションの哲学』

次は、ファッション研究で知られる井上雅人さんの『ファッションの哲学』。アカデミアでファッションを研究する人は、それほど数がいるわけではないのですが、私は、ファッション研究と聞いて最初に思い浮かぶ人の一人です。

内容紹介は以下。

ファッションは身体と流行の関わりという視点から、文化〈カルチャー〉・産業〈ビジネス〉・表現〈デザイン〉をいかに説明するのか。これからファッションを論じるための5章。服を着るということはどういうことか?自己表現としてのファッションなのか、あるいはあくまで「衣」としての機能が果たせればいいのか?服を着ることが、知らぬ間に社会を変えているのだとしたら? 本書では、身体、メディア、社会の変化、モードの意味、ブランドの意義、貧困と格差、環境への負荷など、様々な視点から「服を着る」ことの本質的な意味を考えていく。ファッションを語る前に、まずは本書を読んでほしい。

この本には、こんな一節があります。

自分自身の姿を試行錯誤しながら探している現代人にとって、次から次へと新しい身体像を提案してくれる流行の服は、とても役に立つ。とはいえ、高くて良いものなら自分を良く語ってくれるはずだと思ってブランド品を持っても、自分より有名なブランド品が、自分のことを語ってくれるはずがない。物が自分に所属するのではなく、自分が物に所属していくことになる。

確かになぁという感じですよね。

ただ、この本はむちゃくちゃ丁寧かつ厳密なので、こういう見解は、丁寧なプロセスで導き出されたものであるだけでなく、一旦このように言った後で、直後に留保を加えたり、別の視点から捉え直したりしていて、どこにも「言い切り」がない本でもあります。

なので、上のような視点に尽きるわけでも、何か単一の見方をしているわけでもなく、ファッションという現実の重層性を単純化せずにスケッチしたような感じに見えます。この本を読むという体験は、寄せては返す波に身を任せるように、井上さんの文章と思考のリズムに身体を預けることだと言えるかもしれません。


玉留めみたいな線


さてさて、ざっと紹介してきましたが、どうだったでしょうか。

紹介しそびれた、むっちゃ好きな本が色々あります。

他にもあるのですが、ひとまずこの辺りで。(ただし、横田さんの『脱ぎ去りの思考』は、バタイユが衣服/裸の比喩を使っているので、なんとなく混ぜただけでファッション論ではないです。)

全然どうでもいい話ですが、新しく服を買ったのに雨が降ってたり、出かける用事がなかったり、家を出るほどではなかったりするとき、みなさんはどうしていますか。私は、家の中で着飾ったりすることとかあったりします。新しい靴も、最初で最後だと思って家で少しだけ履いたりします。

そしてそして、重ねてどうでもいいことですが、アンジャッシュ児嶋さんが、YouTubeの動画で、服買うとパートナーにファッションショーするって言ってたの、超かわいいなと思いました。

よければ、マガジンの他の本たちも見ていってくださいね。



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