10日以上の大移動、プロ野球選手の過酷さを追体験【旅行記#13】
皆さんこんにちは。
いきなりだが、各地を転々とし試合をこなすプロ野球選手の体力的な負担を想像したことがあるだろうか。定期的に新幹線や飛行機を乗り継いで長距離を移動し、そのうえ試合をするのである。
いつも試合をする本拠地での試合が間にあればそうでもないだろうが、試合の少ない地方球場への移動が続くとストレスも相当なものとなるだろう(もちろん彼らは旅行目的ではないので飲食以外のレジャーはほぼない)。
2024年のオリックスの日程は、GW明けに仙台から中1日で秋田、そこから中2日で宮崎→鹿児島、さらに1日おいて那覇で2試合と怒涛の地方巡業が組まれていた。
昨年日程が発表されたタイミング(11月頃?)から、こんなことはめったに起こらないだろうし、せっかくなら追いかけてみようと思って計画を立てていた。ブラックフライデーセールを駆使し、宿も数日前まではキャンセル無料のプランを選択し予約していた。
問題は移動手段だが、飛行機は航空会社のセールのタイミングで購入(この時点で退路が断たれる)、新幹線は1か月前の事前予約となるべく費用が掛からないようにした。そして仕事が入らないようにパフォーマンスを出しつつお祈りをして当日となった。(GWをまたぐ仕事がなかったのが幸いし、急な呼び出しもなかった。)
文字通りの追っかけ体験記の詳細を以下に記す。
5/6 東京→仙台 vs.E
新幹線で仙台へ。指定席車両のはずなのに座席を転々とする女がいた。「ここ私の席じゃない?」という雰囲気でうろうろする人の気配を察すると別の車両に移ったようだ。みんながスマホしか見ていないと思ったら大間違いだぞ。ちゃんと金払って自分の席に座れ。
ホテルへチェックインを済ませいざ球場へ。JRを使って行くのが王道だが、ホテルから駅が遠かったためバスで向かった。にしても特定区間の運賃が安い(120円)。ただ、全区間で営業係数が100オーバー(赤字)なのはどうにかしたほうがいいぞ、仙台市。
5/7 仙台→秋田
試合はなく、移動日。あるかもとは思っていたが、オリックスの選手たちと同じ便で移動することになった。一部の選手とは同じ車両だったが、写真を撮るのは流石にはばかられた。みんなスタバ買ってた。
夕方までは珍しく仕事をし、夜は明日一緒に観戦するフォロワーと合流して食事。彼は中嶋監督の故郷である鷹巣に寄ってから合流する予定だったが、飛行機の乗り継ぎが間に合わず市内泊となったそう。残念だが、日本酒を楽しんでくれたようなのでよしとする。
5/8 秋田 vs.E
寒い。雨予報が消えた(降らないとは言っていない)と喜んだのもつかの間、天気予報の数字は先頭に1をつけ忘れている。
5月にもなれば東京では夏日のオンパレードなうえ、この旅の後半は南方への移動があるため冬服は置いてきたのだが、見込みが甘かった(仙台の日も半袖で過ごせる暖かさだった)。長袖の服こそ持っていたが、総動員してもどうにも装備が足りない。防寒着を買わねば命にかかわる、と真っ昼間からドン・キホーテへ駆け込みフリースジャケットとレジャーシートを調達した。
この時期の冬服はセールものが数点残っていたのみで、サイズが合うものを見つけるのに一苦労した。ライバルが少なかったことが幸いであった。
5/9 秋田→大阪
敗戦の翌日。市民市場でのっけ丼が食べられるという情報を聞きつけ、ホテル朝食をかきこんだあとに訪問。実食はしなかったが、札幌などの観光地よりもはるかに安い価格で食べられるらしいので行ってみてはどうだろうか。
中の店舗で酒も売っており、朝9時から飲むことができる。酒飲みにとっては天国である。
空港行きのバスを待つ間に、駅へと場所を移し二次会。日本酒の角打ちができるお店に開店と同時に流れ込み、美酒を流し込んだ。ここでフォロワーとはお別れである(宮崎での再会を約束していたのに🥲)。
秋田からの帰阪にあたり、またしても選手と同行できるかと胸を躍らせていたが、彼らは少し前の羽田行きに乗ってしまったようだ。その後沖縄から大阪に戻るまで一緒になることはなかった。
伊丹への直行便は左右2列のプロペラ機での運航で、チームが羽田経由を選択するのも納得の結果であった。
5/10 大阪
一日仕事のため割愛。
5/11 大阪→宮崎 vs.H
早朝の便で伊丹から宮崎へ。またしてもプロペラ機での運航。セールでとっておいてよかった。宮崎から合流する友人は1本後の便で来るらしく、彼にチケットの発券を頼んでいたので球場付近で時間を潰さなくてはならなくなった。
日射と試合展開とバス待ちで大いに疲弊し、ホテルで休憩したのちに夕食へ。友人のレコメンドを参考に行程を組んでみた。
5/12 宮崎→鹿児島 vs.H(中止)
宮崎から鹿児島への移動手段は、現在では鉄道に限られている(過去高速バスもあったようだが、今回の遠征時は運休となっていた。復活するのだろうか)。
雨の中山間部を走り抜け、遅れもなく鹿児島に到着。この雨なら中止もやむなしといった強さだった。
夜は市内に戻りしゃぶしゃぶを食べて翌朝帰る友人と解散。行った店が東京と札幌にもあると知ったときのがっかり感はおいといて、味はさすがのものであった。
5/13 鹿児島→那覇
ここからは単独行動。午前中に仕事を軽く片付け、シャトルバスで空港へ。飛行機に乗る前にどうしても寄っておきたい場所があった。
蔵見学と焼酎の試飲、麹食品の試食と酒オタクにはたまらないツアーを経て、いよいよ旅の最終目的地、那覇へ。(待ち時間で寄った空港ラウンジでも焼酎が飲めるのは最高だった。)
5/14-15 那覇 vs.M
ど平日なので日中はホテルにこもり仕事をし、ランチで近所に外出する程度だった。
おやつにはちょうど販売開始となった富士屋のぜんざいを流し込む。かき氷だが、自然解凍かレンチンしてから食べるのがおすすめらしい。
仕事を終えて意気揚々と球場へ向かったが、雨が強くなりコールドゲームに。緯度が下がったおかげで秋田のようにコールドでないのはありがたい。試合展開は相変わらず(以下略)
外に繰り出すのもままならず、夕食は近場のヤギ料理屋へ。刺身と汁のみというストロングスタイルの店ではあったが、“本場の味”を知ることができた。汁はともかく、刺身は臭くなかった。
2日めも仕事して、ランチで外出のついでにぜんざいを買って帰る生活。リモートワークバンザイ。夕方になれば球場へ。前日短かったぶん、12回も応援できてお得だったドン!(は?)
泡盛のダメージと応援による疲労からか、夜食後にホテルへ戻ると文字通り寝落ちしてしまった。
2試合の振り返りとしては、宜保選手の応援歌が今ひとつ浸透していなかったのが残念か。こればかりは本人に頑張ってもらうしかない。
5/16 那覇→大阪
またしても仕事。観光はほぼできなかった。ホテルと空港ラウンジに籠もって仕事。那覇空港のラウンジは鹿児島空港と比べて窮屈だった。早くプレミアムクラスになりなさい。
フライト時間が近づいて泡盛を飲んでいるとまさかの遅延の知らせ。これだからLCCは。(宜保選手の応援歌は下を参考にしてください)
夜のフライトの遅延は終電にも関わる死活問題となりうるためハラハラしていたが、無事大阪に帰宅できた。
延長戦 5/17 大阪 vs.E
遠征先でも仕事を頑張っていたおかげか、戻ってきてからの業務量も少なく暇に思っていると、この日は京セラドームで試合があるらしい。
一人で行くのも味気ないので、友人を誘うと二つ返事でOKと返ってきた。こうなれば(打線には見られない)ノリと勢いだということで高校時代ぶりの京セラドームへ。
改めて野球が見にくい球場であることを認識して帰路についた。そろそろ竣工から30年だし、移転or建替の話も出てきてよいのでは?と思っている。
おわりに
地方遠征をするファン、と聞くととてもチーム愛が強い人と思われるかもしれないが、地元のファンもいるし、自分のような旅行と地方球場訪問がメイン(?)のオタクもいる。
ここまで本拠地に行かなかったファンは流石にいないだろうが、日本には他にも素晴らしい球場が、文化が、食が、そして酒がある。野球がつまらなくても他の娯楽は裏切らないのでリスクヘッジにもなる。
地方遠征はいいぞ。次は7月頭の東北でお会いしましょう。それでは。
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