歴史的な転換点となるのか?通信制大学の在り方を根本から変える、ZEN大学と京都芸術大学のチャレンジ
どのような大学や学部の設置認可の申請が出されているのかを見ると、その時々の大学業界や世の中の動きが見えてきます。次年度設置の新学部関連でいうと、工学系の学部設置の動きが加速しており、あと以前このnoteでも取り上げた福井県立大学の恐竜学部が話題です。
一方、新設の大学関連でいうと「通信制大学」が注目すべきトピックのように思います。しかもこれ、単に大学数が増えるだけじゃなく、在り方そのものも大きく変わろうとしているように見えるんですね。この変化は、大学業界はもちろん、社会全体にも大きな影響を与えるのかもしれません。
2025年度設置をめざす、3つの通信制大学
2025年度開設に向けて申請を出した私立大学は、合計4大学。東京経営大学、バリアフリー教養大学、ZEN大学、博多大学です。このうち通信制大学は、博多大学をのぞく3大学。このnoteを書いている段階では、東京経営大学は設置が認められ、ZEN大学は審査継続(保留)、バリアフリー教養大学の申請は取り下げられました。バリアフリー教養大学は、2026年度開学をめざし、寄付の呼びかけをはじめています。
少子化が加速しているなか、新たに大学をつくる動きが複数あり、そのうち3大学が通信制大学というのは興味深いことです。とくに、注目すべきはZEN大学。N高で話題となったドワンゴと日本財団が提携してつくる大学なのですが、ものすごくユニークなんです。
ZEN大学の大きな特長は、すべてがインターネット上で完結できる「オンライン大学」であることです。とはいえ、こういったタイプの通信制大学は、すでにいくつもあり、コロナ禍以降その数は増えてきています。ZEN大学は、そのなかでも教育コンテンツ(授業動画)が充実しており、さらにこれまで通信制大学が弱かった進路支援や、地域や企業との連携プログラムなどの正課外活動も整っています。
通信制大学は通学制大学に比べると学費が圧倒的に安く、しかも自由に使える時間が増えます。それであっても、多くの高校生が通学制を選ぶのは、将来役立つことを学べるのか、就職できるのか、後悔しない学生時代を送れるのか(青春できるか)のどれかないし、複数が引っかかるからのように思います。学びを充実させるという視点は、どの通信制大学にもあるのですが、残り2つについてもしっかりフォローできているのが、ZEN大学の強みだと感じました。
通学制ではありえない、入学定員5千人の衝撃
ここまでだと、ZEN大学が素敵だねという話なのですが、本当に伝えたいのはここからです。なんとZEN大学の初年度入学定員は、5000人なんです。これがどれくらいの規模かというと、早稲田大学の学部入学定員が8940人、明治大学が7760人、立命館大学が7904人、日本最大の大学である日本大学が15346人になります(すべて2024年度)。
日本大学は頭ひとつ抜けているのですが、それ以外の超マンモス校といわれる大学と比べても、そこまで大きな遜色は見られない数字です。さらにここで見落としてはいけないことがいくつかあります。一つは、これらマンモス校は一朝一夕でこの入学定員になったわけではなく、長い歴史のなかで学部を増設し、徐々に拡大していったこと。もう一つは、それにともないキャンパスも拡大していったことです。
考えてみれば当然ですよね。定員を増やすには、学部を増やす必要があるし、そのためには場所も教員も必要になります。無尽蔵にできるわけではないし、現実的なところで留めておかなければリスク爆上がりです。でも、オンデマンド動画を駆使して教育するZEN大学の場合、これらリスクが通学制大学と比べると、大きく下げられるうえ、学生数が1名であっても1000名であっても、大学側の負担は極端には変わりません。こういった教育システムだからこそ、1学部5000名という通学制大学の感覚ではまずありえないことができたのでしょう。
さらにZEN大学の教育システムだと、つくった教育コンテンツ(授業動画)を資産にできます。動画をそろえるまでは大変ですが、そろえてしまえば授業にかかる負担や費用を大きく下げられます。動画の定期メンテナンスは必要でしょうが、教育の充実や拡張に余力を使いやすい状況が生まれます。それにテクノロジーは今後、進化しても退化することはまずありません。この恩恵を最大限に受けられるスタンスであることも、ZEN大学の教育システムの優れた点と言えそうです。
ZEN大だけではない、大規模+オンライン戦略
ZEN大学は株式会社であるドワンゴが関わっていることもあり、企業的な視点の強い特殊な大学なのだろう。ここまで読んでいただいた方のなかには、そんな印象をもつ方も多いように思います。ある意味でそれはそうです。でも、この視点をもった通信制大学って、ZEN大学だけじゃないんです。
芸術系の通信制大学の老舗である、京都芸術大学通信教育学部が来年度より全学科を通学不要のフル・オンラインの学士課程へと改革します。それにあわせて新たに2学科を開設するのですが、そのうちの一つ「文化コンテンツ創造学科」が、文科省に申請した入学定員が2000人+3年次編入学3000人だったんです。奇しくも合計すると、ZEN大学と同じ5000人です。最終的に認可されたのが1350人+3年次編入学1150人だったのですが、やろうとしていることがZEN大学にひじょうに近いのではないでしょうか。
通信制大学の伝統校と大学業界に新規参入しようとする企業、バックグラウンドがまったく違うのに同じ戦略を取ろうとしている。そこに面白さとともに、この戦略の正しさやポテンシャルを強く感じます。
コロナ禍の忘れ形見が大学教育を変える?
ZEN大学と京都芸術大学が新たに進め、ドライブさせようとしている、新たな通信制大学の在り方。この教育スタイルは、通信制大学というカテゴリに入れられているものの、通学制大学の教育をできるだけそのままの形で通信制に移設しようとする従来の思想とは根本から異なります。今後、この新たなスタイルに人気が出てくることで、通信制大学というものの意味や役割が更新される可能性は十分にありえます。そうなると、リカレント教育や生涯教育と社会との距離も、今よりもっと身近になりそうです。
また、教育の質、学生たちの満足度が、通学制と引けを取らないという認知が広がれば、通学制、通信制というラベルづけ自体に意味がなくなったり、通学制に通信制のノウハウを取り入れようという動きも出てくるはずです。ドワンゴはN高を通して、高校教育に新たな選択肢を提案し、それが社会に広く受け入れられました。大学教育でも同じことが起こる可能性は十分にありえます。
コロナ禍にリモート授業が浸透したことで、大学教育の在り方が今後大きく変わるのでは?と賛否両論を巻き起こしつつ期待されました。でも結局は大きな変化には至らず、従来の大学の姿に戻っていったように思えます。しかし水面下で、コロナによって通信制大学の人気がにわかに上がり、オンラインスクーリングが通信制大学に普及する契機になった。これら通信制大学に与えたインパクトが、巡り巡って大学教育を変える種となり、いま、萌芽しつつあるのかもしれません。
ZEN大学や京都芸術大学の動きが、他の通信制大学や大学業界全体にどんな影響を与えるのかはまだまだ未知数です。でも、来年の募集状況がわかれば、何かしらのリアクションは出てくるだろうし、そこから新たに見えてくることがあるように思います。この動きが何をもたらすのか、ぜひ注意深く見ていきたいです。
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