友達100人できるかな?否、友達100人できたなら? 〜インド・シク教の無料食堂にて〜
大人になったら友達なんてなかなかできないよね。
私も強くそう思う。事実、25歳で地元大阪から移り住んだ香川でできた友人は極めて少ない。
小学校に入ろうという頃は「ともだち100人できるかな?」なんて明るく歌ったのに。今、大人の私はというと、富士山で売られる食料の値を知っているし、私の学年はそもそも40人ほどだったいう事実に今更意気消沈している。
インド人はウザい、とインドへ来る前に多くの日本人から耳にした。
たしかに日本では考えられないテンションと距離感、すなわち仲の良い友達のように話しかけてくる。ただ確かにウザいといえばそれまでだが、私はこの感じに少し羨ましさを覚えてもいる。
加えて、アムリトサルという街の彼らは仕切りに写真を撮るように私にせがむ。そして、別にそれを自身のスマホに送れというわけでもなく、ただ一眼レフの小さなモニターをみて満足に浸るだけなのだった。
「アムリトサルにはシク教の無料の食堂があるんですよ」
ダラムサラで滞在していた日本人ゲストハウスでそんなことを教えてもらった。聞けば毎日10万食をボランティアらの手で提供しているらしい。
シク教は約3000万の信者を数え、このアリムトサルに総本山がある。この教えはヒンドゥー的なカーストを否定し、人間同士の平等を説く。そのような教えの中から生み出されたのが、この無料の食事提供らしかった。
アムリトサルの街を歩けばターバン姿の男たちがそこら中に目に入る。ターバンはシク教徒の証らしく、総本山ゆえにシク教徒が多いこの街ではもはや当然ともいえる景色だ。
そのような彼らとともに総本山の黄金寺院を目指すと、その門の近くからアルミらしき金属がけたたましく重なる音がした。きっとこのあたりなのだろう、無料食堂とやらは。
ここでは門をくぐる前に靴を預け、手足を洗い、髪を三角巾で隠す決まりがある。一連の流れを終え少し進むと、そこは食堂の入口だった。
入口を眺めているとスタッフと思しき男性が力強く手招きしてくれた。どうやら私も食べて良いらしい。入口でアルミ皿をもらい、小学校くらいに小さな段差の階段を上る。
すると広間では100人を優に超す人々がすでに食事を取っていた。私も促されるままに地べたの席につく。
座るや否や、水が提供され、順々に更に料理が盛られていく。チャパティ、芋のカレー、豆のカレー、そして甘いミルク粥。カレーは優しい味と少しの辛さを持ち合わせ、大量の食材を一緒に煮込んだからこそ出る旨味を覚えたような気がした。
そして、この上ない一体感を覚えた。
「100人で食べたいな富士山の上でおにぎりを」
そんなことは不可能だ。たしかに開山期なら常時100人くらいは富士山の頂上に滞在しているのかもしれない。でもそれぞれが好みのパンやおにぎりを口にする。だから100人はバラバラである。
しかしこの食堂では100人どころか何百人もの人が一斉に同じ献立を口にする。給食をいただく学校の教室でさえ多くても40人程度だと言うのに。だから
「もしかしたら友達100人も夢じゃないかもな」
私はこの見たことのない光景に小さな希望を覚えた。
食事を終え、食器片手に出口を目指すと至る所で料理が作られている。中には鍋に潜って、鍋を洗う人たちもいた。
たしかに日本の飲食店の感覚から言うと汚いとも言える空間なのかもしれないが、そこから生まれる人々の熱気にはこれ以上ない清潔な高潔感と洗練された美を覚えざるをえない。
出口で食器を回収してもらう。バケツリレー方式で運ばれていく使用済みの食器たち。おそらく人数を減らしたほうが効率は良いのだろうけれど、彼らそれぞれのボランタリー精神がこの渋滞を引き起こしているのだと思うと途端にほほえましくみえた。
食堂の階段を降り、改めて建物を見上げる。中からはやはり金属音がする。いまとなっては美しい音色に思えた。
「食事はどうだった?」
また友達のようにターバンの青年が私に声をかけてきた。
「素晴らしくて、本当に洗練されていた。シク教でない外国人の僕も受け入れてもらえるなんて」
私は少し興奮気味に答える。
「全ての人、全ての旅人が私たちの宗教では歓迎されるんだ」
地元住民だという彼の目は、奥に輝きを覚えるほどに誇らしげにみえた。
友達とは何か?それはまだわからない。
ただ、一つ言えることは、これまで私はどんな友達とも少なくとも食事だけは共にしてきた。
だから私もシク教徒ほどとは言わなくても、新しい出会いの度に、その人を食事に誘えればと思う。なぜなら、食事は少なくとも友達となる契機ではあるから。
それを幾度となく繰り返せば、もしかすると私にだって友達100人を実現できるかもしれない。
友達100人できるかな?
否、友達100人できたなら?
富士山でも、居酒屋でも、ファミレスでも、どこへでも行こう。
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インドでの旅エッセイ その②です↑