見出し画像

旅館の伸びしろ/井村日登美

※この記事は2024年3月発売、ホテル旅館2024年4/5月号に掲載した記事です。

能登半島地震から約3ヵ月を迎え、少しずつ明るい情報が増えてきて復興が進んでいることが伝わってくる。とはいえ、今でも避難所で不自由な生活を強いられている人がいることも忘れてはいけない。

先日、三陸沖での漁業の現状を取材した番組があった。震災と震災後の原子力発電所の汚水問題、そしてコロナがあって漁獲量がかなり減っているらしい。若い漁師たちが集まって、今後の漁業のあり方を話し合っている時、一人の発言が印象的だった。

「俺たちが魚を獲って数百万円、それを仲買が数千万円にして、次に観光業やレジャー産業が人を集めてくれて消費される。そういう循環ができていた。それが今、漁獲量が激減している」

1次産業が基礎になって2次産業、そして3次産業に連鎖していく。まさに観光は6次産業。北陸地方への応援割も始まり、そろそろ復興への助走に入るというところではないだろうか。

こうした出来事があるたびに思うのは、老舗のホテルや旅館というのはすごい、ということ。長い歴史のなかには、いろんなことがあったはず。そのたびに苦難を乗り越えてきた。そのなかで、改めて思うのは旅館の伸びしろである。

最盛期には8万3200軒超の旅館が全国に存在したが、ホテルの増加や宿泊ニーズの多様化などで年々減少。そして1990年代初頭のバブル経済崩壊で一挙に流れが変わった。団体から個人へ客層が変わり、旅館も方向転換せざるを得なくなった。上手に転換できるところもあれば、できないところもあった。

軒数は2018年度で約3万8600軒。半数になったが、その分、いろんな苦難を乗り越えた旅館は強くなってきた。旅館はかくあるべきという考えにとらわれず、自由な発想・感覚で宿を創造している。

すでに客室はベッドタイプが主流になり、バスルームはシャワーブース付き。そしてバスアメニティはラグジュアリーホテルにも採用されているナチュラルスキンケアブランドを導入。バーやフィットネス、エステサロン、宿泊客専用ラウンジ、キッズパークなどを付帯するのが旅館のスタンダードになりつつある。

最近ではさらに進化している。和歌山県・白浜温泉の旅館はロビーラウンジを一般にも開放。海に面した無料の足湯もある。都会に本店を置くベーカリーの店舗も置く。ブッフェレストランでは、用意された紙のボックスを購入すれば、ブッフェ料理を詰め放題でき、ロビーラウンジで食べても良い。昼間のロビーは、あちらこちらで女性のグループがボックスを中心に、おしゃべりの花を咲かせていた。

隣接地にあるレジデンスがカッコいい。客室はコンクリート打ちっぱなしのスケルトンタイプで、壁に自転車を収容できるフックを備え、サイクリストを意識したデザインになっている。時に隣接する旅館の温泉に入り、時に旅館の鮨屋で贅沢する。旅館にはバーもあり、ナイトライフも楽しめる。

離れでイタリアン

京都の海辺の旅館は離れが最高。プライベートプールに露天風呂付きの洋室で、ベッドスペース、リビング、バススペースが一体的に利用できるという使い勝手の良い空間。2人で利用するなら最高の時間が楽しめそうなのだ。

薪ストーブの前に座り、大型プロジェクターで映画やテレビなど好みの映像を見ながら、ケータリングされたピッツァやブイヤベースを味わう。どう? すごくないですか。旅館ですよ。

ずいぶん前、旅館=和食の常識を打ち破り、フランス料理を提供している旅館があった。床の間付きの和室で、黒の制服のサービスマンが膝を曲げて座敷机の上に料理をサービスしてくれたことを思い出す。違和感あるサービスであったが、正直驚いたし、めずらしかった。それが評判にもなっていたと思う。

それから考えると、先の旅館は離れの空間とイタリア料理がマッチしていた。コーヒー豆をミルで挽いた時の香りまで記憶に残っている。

よく記録に残るより記憶に残せとあるが、まさに記憶に残る旅館の離れであった。

大分県・別府の旅館では、何と500㎏の石をくりぬいた露天風呂があった。そこはアート作品が随所に配置された美術館のような設えだった。建築様式がめずらしいようで、館内ツアーには建築家も宿泊客として参加していた。

客室は部屋の中心にベーシンカウンターを持ち込むという大胆な発想。そして何よりも半露天風呂である。500㎏の石を身体がフィットするようにくりぬいた。一人ずつしか入れないが、遠く別府の市街地を望みながら、身体を倒すと岩の浴槽に吸い付くような心地良さ。何時間でも入浴できそうな快適さなのである。夜景を見ながらもの思いにふける。これも温泉の楽しみということを実感する。

まだまだある。アクリルの風呂を設けた京都府・亀岡の旅館。風呂の中で虹を見るということがあるだろうか。

庭と一体になった畳敷きの貸切風呂が楽しめる兵庫県・湯村温泉の旅館。畳風呂といえば、かつて有馬温泉で和室の湯殿といえる貸切温泉に出合ったことがある。鍵はなく入口の上がり框に履物があれば、利用中と判断してほしい、という超曖昧な基準だった。ドキドキして入ったものだった。障子を開けると満月が見えた。日本ってすばらしいと思った。

鹿児島の霧島温泉では、部屋の障子を開けるとそこに浴槽があるという非日常と日常が一体になったような客室に遭遇。この他、愛犬用の温泉を備えたドッグフレンドリーの旅館も増えてきたし、庭ではなく室内にグランピング風の設備を備えるところもある。

旅館はホテルと比べ、規模が小さく小回りが利く。和室から床の間や次の間をなくした決断が、自由な進化にさらに拍車をかけるのだろう。これからは旅館がおもしろい。旅館の伸びしろに期待したい。

この記事を掲載した『ホテル旅館4/5月号』は全国の書店・ネット書店にて好評発売中です!
柴田書店公式HPからもお買い求めいただけます。
電子書籍の購入や定期購読のお申込みもこちらから!

10/11月号の特集は「今こそ考えたい! 人材&DX戦略」です。
「ホテル旅館」の公式Instagramもぜひご覧ください!
@hotelryokan1963