創業は文政2年。200年超の歴史を誇る老舗宿/旅館 あさよろず
埼玉県・幸手市。江戸時代より日光街道(奥州街道)と日光御成道の合流地点という交通の要所として宿場町を形成し、最近では桜の名所として埼玉県内トップクラスの賑わいを見せる「権現堂堤」を有する。この幸手市に通る日光街道沿いに「旅館 あさよろず」はある。
500坪(約1650㎡)ほどの敷地に3階建ての建物が建てられており、全部で19室の和室客室を備える。
「客室は和を意識して畳の設えにしております。和の良さ、畳の良さを泊まってくださるお客さまに知っていただきたいので」
こう話すのは6代目当主を務める支配人の新井和博氏である。新井氏はあさよろずの5代目にあたる父の長男として生まれた。その後、地元の金融機関に就職し、さまざまな経験を積んだ後、6代目として旅館を承継して現在に至っている。
館内には客室に加え、コインランドリーや食堂を付帯している。これは、あさよろずの宿泊客層にビジネス客が多く、長期滞在にも対応できるようにしていることが関係している。提供している食事も、飾らない家庭料理が中心である。調理を担当するのは支配人である新井氏の奥さまだという。家庭料理を提供する理由としては、
「多くの人が安心して泊まることができる旅館、温かく家に帰ってきたような感覚を味わえるアットホームな旅館でありたい」
という思いがあるためだと新井氏は話す。
この旅館の特筆すべき特徴として、その歴史が挙げられる。創業は何と文政2(1819)年で、200年以上の歴史を誇る。創業者である越谷・大沢宿出身の萬屋久兵衛が、日光街道の宿場町であるこの幸手の地で「朝萬」という旅籠を始めた。
その後、明治時代に入ると日光街道沿いということもあって、日光へ向かう要人が数多く同館に訪れている。閑院宮殿下や北白川宮殿下などの皇族や、伊藤博文、板垣退助、大久保利通といった歴史の教科書に出てくるような偉人も、日光へ向かう途上、同館に訪れたという。その記録は旅館の宿札に残されており、現在でも旅館のロビーに掲示されている。
明治32(1899)年には東武鉄道の北千住―久喜間が開通したことに伴い、建物を全面的にリニューアルした。当時にしてはめずらしい木造3階建ての建物だったという。江戸時代から続いた当時のあさよろずの様子は、フランスの実業家であったエミール・ギメが著した明治9(1876)年発行の『東京日光散策』という本のなかにも記されており、当時のあさよろずの厨房の様子などをうかがい知ることができる。
この明治期の建物は1995年に全面的に改築を行ない、それが現在にまで引き継がれている。この改築に際して、明治期の建物の一部であった門は現在の建物にも残されており、明治期の建物にあった大黒柱も、現在の建物に形を変えてロビーに残されている。そして、それ以前から使われていた振り子の時計は現在でも食堂に飾られており、100年以上が経った今でも、現役であさよろずの時を刻み続けている。
またこのリニューアル時に、旅館名を読みやすいようにと、現当主の新井氏が漢字表記の“朝萬”から平仮名の“あさよろず”に変更したという。
幸手の振興に寄与
幸手の歴史とともに歩んできた旅館 あさよろずであるが、新井氏は現在、幸手の発展の一翼を担う活動として、NPO法人日光街道幸手を感じる会の会長を務めている。この法人は、幸手市内の中心市街地をメインに、地域に残る古民家や歴史的・文化的資源を活用。地域の知名度向上に資する活動や、地域コミュニティの形成、地域アイデンティティの確立などの、市民と来街者に愛される地域づくりを推進することによって、幸手市の経済活性化に寄与することを目的としている。同法人の活躍によって、日光街道沿いにある岸本家住宅主屋は国の登録有形文化財として指定された。新井氏自身も街のガイドとして、旅行者と一緒に地域を散策しながら地域の歴史を解説するようなボランティア活動も行なっているという。
なぜこのような活動に取り組んでいるのか、新井氏に尋ねたところ、次のように話してくれた。
「私は幸手で生まれ、幸手で育ってきた生粋の地元住民であります。そして、現在でもこの幸手で商売をさせていただいています。そんな幸手を思うからこそ、この街に出入りする人の数を増やし、交流を増やすことこそが幸手の街の活性化につながり、ひいては旅館の発展にもつながっていくのだと考えております」
地域にある資産を掘り起こし、観光事業につないでいく。それにより地域経済を発展させることで、地元企業にも盛り上がりをもたらそうという施策である。
最後に新井氏に今後のことについて聞いた。
「今は7代目の長男と一緒に旅館を運営しております。今まで築いてきたこのあさよろずの歴史を大切に、この旅館の良さを、幸手の良さを、そして日本の良さをしっかりと7代目に伝え、つなぎ残していくこと。これが私の使命だと考えております」
日光街道、そして幸手の街とともに発展してきた旅館 あさよろず。ここは歴史があるだけではなく、その時代ごとに合わせ、地元のことを考え、さらに発展していくことを願った、まさに“温故知新”な宿である。
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