プラトン『ソクラテスの弁明・クリトン』について
表題の本を読んだ。まず持った感想としては、本書の内容を知識として知っていても何にもならないということだ。実践してこそ意味がある。
しかし、ソクラテスのように実践することは難しい。自分も含め、多くの人間は、人からも自分からも賢いと思われたいという、小賢しいところがあると思うからだ。
以下より、印象に残ったことや考えたことを具体的に記す。
①自分の意志を貫くこと
例え多数が反対しても、自分が正しいと思う行動をとる。そのためには死をも平然と受け入れる。これは意志が強いとかいう次元の問題ではないと感じた。ソクラテスの場合、正義とか善が基準なのだろうと思った。
②もしソクラテスが身近にいたら
本当にソクラテスのような人がいたら、自分は狂人扱いしてしまう気がする。神のお告げとはいえ、地位や名誉のある人に問答を挑みまくるってのは普通とは言えない。「大賢は大愚に似たり」とはこういうことか。もしかしたら、自分の周りにも、ソクラテスがいるのかもしれない。
以下、『クリトン』に関する記述である。
③ソクラテスの例えが分かりやすい
自分が誰の意見に従うべきか、クリトンとソクラテスが議論するシーンがある。そこでソクラテスが、運動術を本職とする人の例を出す。運動術を志す人は、素人である多衆の意見を尊重するのではなく、医者とか体育教師の意見を尊重すべきであると言う。これは色々な場面に当てはまると思う。ある問題に関してよくわかっていない人たちがごちゃごちゃ言う時があるが、そういった意見からは距離を置き、本当に信頼できる意見を大切にすべきということだと自分は解釈した。
自分としては、ソクラテスの生き様は素晴らしいと思うが、「そう言う意見もあるのだな」とある意味客観的に捉えておこうと思う。