不思議な老人からの教え その⑦ 売り上げより、顔色とトイレを見ろ!
副業が決まったからには、性格上、まっしぐらに進み、毎日ゴルフツアーと中古時計の売買に集中して一生懸命働いていました。
僕の「副業」とは、古くて安い腕時計を、オアフ等のあちこちから探し回って買い付け、綺麗に洗浄してから、アレックスにオーバーホールを頼み、そして出来上がった時計をヤフーオークションにて出品、売り切る事です。
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(※)オーバーホール(時計の機械を分解して洗浄、新たに組み上げて正確に作動するように修理をする事)
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初めは、フリーマーケットで隈なく歩き回り、売れそうな古い腕時計を仕入れて、それを綺麗にして売っていました。オアフ島の中で開催されているフリーマーケットを全て回って制覇しましたが、そうそう毎回ピンときた時計があるものではありません。
要するに「仕入れ先」を他に確保する必要がありました。
いつもオーバーホールをしてくれる中国人のアレックスに、中古時計を買いたいんだけど、どこに行けばいいか?と相談してみました。
そうしたら、アレックスは、自分も売りたい時計がたくさんあるから、来週の水曜日にもう一度この店に来てみな。と僕に言いました。
水曜日になりました。
アラモアナショッピングセンターに到着したのは10時ちょうど。白木屋の開店時間と同時にアレックスの時計修理屋に行きました。
彼は、無愛想で無口のオジサンだったのですが、僕がこれまで何十本もの時計のオーバーホールをオーダーしている事で、人間関係が出来上がり、愛想良くしてくれるようになっていました。
その日も、アレックスは機嫌良くスマイルで迎えてくれました。
アレックスがカウンターの下から取り出したのは、ロングスドラックスのくしゃくしゃになった紙袋です。その中からビニール袋に小分けされた「個体」を取り出しています。全部で15本くらいあったと思います。
半分以上、たしか10本?は、ポルシェデザインというブランドの時計です。あとの時計は、コルム、エテルナ、ROLEX数本といった時計たちでした。
今までは、$50から$100くらいの壊れかけたジャンク時計を、パンを買うように簡単に買いまくっていましたが、今回初めて高級時計を目の前にして、即断では買えず悩みました。高額商品だし、市場の相場金額がわからないからです。
まだ、その頃は当然ながらIphoneなんか無かったので、写真を撮ったりできません、僕は紙にメモ書きでブランド名と時計の特徴、そしてそれぞれの時計の値段(アレックスの希望売値)を買いて、時計のデザインを目に焼き付けて、その時は何も買わずに一旦帰宅しました。。
家に帰ると、たまたま山根さんがいたので、直ぐにこれらの時計を売りたいと言う人がいるけど、どう思うか?と、アレックスとのやりとりを話し、意見を聞いてみました。
山根さんは、結構、時計好きで、とても詳しかったのです。
彼は
「ちょっと待ってな。」
と言い、大きな屋敷のどこかの部屋から分厚いカタログを何冊も重そうに抱えてもってきました。アンテイコルムと言うオークション会社が発行するカタログです。
そのカタログを二人で見ているうちに、僕がさっき見てきた時計が全て載っていてオークション落札相場も書かれていました!
山根さん曰く、コルムは80年代に日本のバブル期に大ブームになったが、もう下火なので高値では売れない。エテルナも良い時計だが、日本人には知名度がなく売れない。
「ROLEXとポルシェデザインを全部買いしめろ。」
と言いました。
ROLEXは、サブマリーナーというダイバーズで、サイクロップレンズが特に大きく、赤サブと呼ばれるモデルでした。アレックスが提示してきた値段は$1,500でした。中古でブレスレットも傷だらけです。その他のROLEXは中古の傷だらけのTwoトーンのデイトジャストでした。$1,200 と言ってました。
ポルシェデザインは、IWCというメーカーの作品だそうです。クロノグラフやダイバーズでチタン製でした。これらは新品未使用で、アレックスは、どれでも$800 で良いと言ってました。
IWCのデイーラーから入手したのだが、ハワイでは全く売れなかったので、在庫で残ってしまったものだ。と言っていました。
その日の夜、寝る前にじっくり考えて、僕はポルシェデザインの時計を10本全て買い取る決断をしました。山根さんの勘とアンテイコルムの情報を信じたのです。
山根さんは、ROLEXも全部買えと言ってましたがROLEXは、傷が多く付いていたので辞めました。でも本心は、1万ドル以上もの大金を、時計の仕入れに投じるのが怖かったからだと思います。
翌朝、アレックスに電話をして、「ポルシェデザインを10本買う」と言ってアポイントを取り、$8,000 のキャッシャーズチェックを用意して、再び白木屋に走りました。
アレックスはスマイルで迎えてくれました。
僕は再度ポルシェデザインの時計を全て動作確認し、アレックスにチェックを渡して、ロングスの紙袋に入った10本の時計を受け取りました。
時計10本って、結構ずっしりと重いんです。
この時計たちは、チタン製で軽いはずなんですが、それでもやけに重く感じられます。
いや、重量というよりは、$8,000 の重み。これがいくらに化けるか?という期待と不安の重みでした。
家に帰る途中、運転をしながら回想しました。
$8,000も、$12,000 も変わりないか。。。ROELXも買っておけばよかったかな?と。
翌日、早速デジカメで時計の写真を何枚も撮って、ポルシェデザイン10本のうち、まずは2本だけヤフーオークションに出品しました。1週間くらいの期間の掲載にしていました。初めは、購入原価の10万円からスタートしました。数日間は入札がなく焦りました。が、オークション最終日の2日前に、出品している2本ともに、10万円の入札がありました。
そして最終日。
いつも、オークションの最終日の終了時間前5分くらいは、手に汗を握り見守っています。最後、ギリギリ入札で競る人が複数いることが多く、思わぬ高値になるからです。
なんと、このポルシェデザインは、2本とも、30万円を超える価格になってオークションが終了しました!
原価の3倍で売れたのです。
そして、残りの8本は、一気に出品せずに、半年くらいの時間をかけて全て3倍前後の値段で売り切りました。
僕は、半年で
100万円を240万円に変えることに成功したのです。
僕は、山根さんに時計の知識を教わったおかげで、金儲けができた、と考えているので、お礼として山根さんにランチでもどうですか?僕が払います。と誘いました。
そして、僕の車でアラモアナの裏手にあるカフェに向かいました。そのカフェは、ここに行こう!と山根さんが指定してきた店です。
到着すると、店の前には広い駐車場があって、古い建物が並んだ一つがそのカフェでした。入り口ドアの上に ALOHA SUNRISE CAFE と買いた木の看板がかかっていて、二人で中に入りました。
山根さんが、店に入ると直ぐにトイレに行ったので
僕はその間、メニューを見て何にしようかな?と考えていました。
トイレから帰ってきた山根さんは
コーヒーとオムレツみたいなものを頼んで、僕はコーヒーとターキーサンドを頼みました。
店員さんは奥のキッチン2名、レジとサーバーが2名です。
その店の店員さん達は、やたら愛想が良く、山根さんに話しかけてきます。
山根さんは、常連客のようでした。
コーヒーは何杯でも飲み放題で、しょっちゅう継ぎ足しに来てくれます。
山根さんから時計の知識をいろいろと教えてもらえて
ターキーサンドも美味しかったし、サービス満点のお店で充実した時間でした。
二人とも食事が終わった後、僕がチップ込みで支払いを済ませ、さて帰ろうか。
と席を立って外に出ようとした瞬間
山根さんが、このカフェの店員さんが接客している隙に、カウンターの中に入って、レジの金に手をつけ始めたのです!
うわ!!何してるんだ!
泥棒!
と、僕は慌ててしまい、動悸が激しくなり、しばらく固まっていました。
レジの金を手にした山根さんは、何食わぬ顔で僕のところに来て、「行こうか。」
と言うのです。
なんと、接客していた店員さんも、その状況が視野に入っていたはずなのに、何も言わないのです。
店を出るときに気がつきました。そうか!もしかして、この店は山根さんの物なのか?と。
そして直接聞いてみたんです。山根さんは、「俺の店だよ」とポツンと一言言って何も無かったように車まで歩いて行きます。
いやー、本当にびっくりしました。
山根さんは
「自分の店に行って、真っ先に売上金を回収して他には気を回さないオーナーが多い。スタッフを使い捨てだと見下して考えているからだ。そういう店は繁盛していたとしても、キッチンが汚かったり、店内に物が乱雑に積んであったり。そして、何より働いているスタッフが店に対する愛情がなく、オーナーに対して感謝や尊敬の念が無い。ただ時給を稼ぎに来ている。大切なのは売り上げよりも、スタッフの顔色。スタッフの表情。そしてトイレの清潔さ。それをチェックすれば、スタッフが陰日向なく店に愛着を持って働いてくれているとわかる。
オーナーは、金の事を優先せずに、スタッフを思いやる気持ちを持って接すること。それがすなわち安心して金が入ってくる事に繋がるのだ。」
なるほどなー。
僕は飲食業には興味がないけど、いつか会社を作ってスタッフを雇用するときが来たら気をつけよう!
と、山根さんの言葉を頭の中に刻みました。
山根さんと出会ってから随分と月日が経ち、ずっと彼の正体が全くわからないままでしたが、その日初めて、カフェのオーナーだと言うことがわかったのでした。
しかし、あんな小さいカフェの経営だけで、果たしてこんな豪邸が建てられるのでしょうか???
それから時間の経過とともに、この老人の正体が少しずつわかってくる事になります。