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Episode 186 ズーム機能の故障です。

私は高校生の頃に応援団に所属していました
派手なパフォーマンスで注目を集める応援演舞は、実は歌舞伎の「大見得」と同じ括りだと言ったら理解できますか?

歌舞伎の見得を切るという動作は、「ここで私に注目して!」という意思表示なのです。
ビシッとポーズを決めて注目させることで「ハイ!ここ重要!」ということを観客に意識させるのです。
その瞬間の観客は、見得を切った役者を注目しているワケで、背景や他の役者を無意識に視界から外してしまうのです。

人間の目にズームレンズの装備はされていないのですが、人間の頭にはズーム機能が装備されていて、カメラのズームレンズのように焦点を絞ることができるようになっているのです。
この人間の脳内ズーム機能に心地よく入り込んでくる「仕掛け」が見得を切るってことなのです。

野球を観に行ったとします。
「カキーン!」と快音を響かせて大飛球がスタンドへ、特大ホームランで大逆転なんて場面に出くわしたら大興奮ですよね。
アルプス席では校歌大合唱で万歳三唱なワケです。
応援演舞が派手な理由は「ハイハイハイ、大興奮の学生諸君、こっち注目!校歌行くよ!」って大見得切ってるワケですよ。

私はASDの過集中って、歌舞伎役者や応援リーダーをズームインしたままズームアウト出来ない状態なのではないかと思うことがあるんですよね。
逆にADHDの注意欠陥って、ズームインできなくて、広角レンズであれこれ拾い見ちゃう状態なのではないか…と。

野球にしても歌舞伎にしても、時間が止まっているワケではないので、大見得切ったその後はキチンと次の場面に繋がるのです。
歌舞伎なら場面が代わって話が進むし、野球なら次の打者が打席に入っているワケです。

校歌大合唱の後、応援リーダーはサクッとその場を撤収して次の場面の応援に掛かります。
この場面の主役は打席に入っている打者ですから、応援リーダも一般の学生の背中を押すように一緒に声を出します。
でも、ASDの私はさっきの派手な応援演舞にズームインしたまま応援リーダーの動きに目が行っていしまう、黒子に回った応援リーダーの動きが気になって、打者そっちのけ…。

逆にADHDの人って、応援リーダーが派手に校歌の指揮を執っている間も、「あ、相手チームがマウンドに集まってる、次の打者が監督に呼ばれて何かアドバイスを受けてるな、ん?相手の外野手は暇そうだなぁ…あ、校歌歌ってるんだっけ?」って感じなのかなと想像します。

結局のところ発達障害の問題って、この脳内ズームの動きが悪いってことなのではないかなぁと思うのです。
どのように動きが悪いのかによって見た目の特性が替わって呼び名も変わる。
そう考えると、ASDとADHDの特性は裏と表の関係で、ズームイン側とズームアウト側の動きの両方に引っ掛かりがあると、ASDとADHDの両方の特性が現れるようになる気がするのです。

よく発達障害の模式図で「三つの輪」みたいなのってあるじゃないですか。
あれって、違うものが3つ合わさるようなイメージですけど、本当にそうなのか…と考えることがあります。
私は「ひとつの輪がどちらの方にズレていくのか」が正しい発達障害のニュアンスのような気がするのです。

旧ブログ アーカイブ 2019/2/19

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