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【チェス】定跡のその先へ-1-
さて、シシリアン・ディフェンスにおいて、ナイドルフバリエーションの次に選択される黒の応手として、ドラゴンバリエーションがあることは「王道の古典定跡を識る」シリーズでみてきたところである。
オープンシシリアンの一般的なドラゴンバリエーションの変化は以下の手順である。
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1. e4 c5 2. Nf3 d6 3. d4 cxd4
4. Nxd4 Nf6 5. Nc3 g6
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ドラゴンバリエーションに対して、白はBe3とし、黒がフィアンケットしてきたところでf3とポーンを突くユーゴスラブアタックが主流である。
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ユーゴスラブアタックを選択したときの白の勝率は高く、黒は攻防で押し負けることが多い。そのため、ドラゴンバリエーションの定跡を改良し、ユーゴスラブアタックの対策としたのが、今回の記事で紹介するアクセラレイテッドドラゴンバリエーション(以下ACDと表記する)である。
上記に掲載した一般的なオープンシシリアンの駒組みとは異なり、ACDでは、2手目手順を変えて黒Nc6と指すのが特徴である。
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その後、両者順当に白d4、黒cxd4、白Nxd4、黒g6と指してピース展開を行っていく。
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通常のドラゴンバリエーションと比べると分かる通り、黒はdポーンを突いていない。将来的d5と一気にポーンを突き切ることで、手得することを目的としたのが、ACDの考え方である。
黒がACDを選択してきた際に、白が通常のようにユーゴスラブアタックを選択するとどうなるか。黒がフィアンケットし、ナイトを展開してキャスリングを準備している間に白がユーゴスラブアタックの駒組みをしたのが次の<第1図>である。
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この後、黒がキングサイドキャスリング、白は予定通りQd2と指したのが以下の手順である。
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2... Nc6 3. d4 cxd4 4. Nxd4 g6
5. Nc3 Bg7 6. Be3 Nf6
7. f3 O-O 8. Qd2
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この盤面では、通常のドラゴンバリエーションと比べて、黒はdポーンを動かしていないため、一手分手得していることが分かる。
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<第2図>から黒はd5とポーンを突くことで、白がクイーンサイドキャスリングをする一手前のタイミングで先制して攻撃を仕掛けることができる。この手を白が放置してキャスリングをすると次のe5でフォークがかかるため、白はd5を無視することができない。
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そのため、白はexd5とポーンを取り除く一手になるが、次に黒はNxd5としてディスカバードアタックにより、フィアンケットしたビショップがd4のナイトに当たる。白がNxd5とd5のナイトをテイクした場合は、Qxd5としてd4のナイトに圧力がかかる。
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白はNxc6と指すが、黒もQxc6とナイトを交換する。通常のドラゴンバリエーションのときとは異なり、ACDの場合は黒が1手分早いため、白はクイーンサイドキャスリングをまだできていない状態である。
ここから、白O-O-Oと指してb2のポーンを守る手は、非常に危険である。仮に白がO-O-Oと指したとすると、黒はBe6と指してa2のポーンを攻撃しつつルークを連結させる。
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白Kb1に対して、黒Qa4と指し、a2のポーンにさらに圧力をかける手が強力である。白a3の場合は、黒Rc8と指してcファイル、dファイルが厳しくなり、白b3の場合は、黒Qa3と指し、次のQb2#が厳しい。白はQc1とチェックメイトを防ごうとするが、黒がQb4と指してc3のマスから攻撃を狙う。Qd2とクイーン交換をもちかけても黒はBc3と合駒できるため、受けきることができない。
盤面を少し戻そう。9手目の<第6図>の盤面において、白がNxd5ではなく、Nxc6と指し、c6のナイトをテイクした場合を考えてみる。
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以下、下記の手順で進んでいくと<第7図>のように黒のビショップとルークの利きが伸びており、黒にとって強力な盤面となっていることが分かる。
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10. Nxc6 bxc6 11. Nxd5 cxd5 12. O-O-O Rb8
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また、白がキャスリングを諦めてフィアンケットしたビショップの斜線を閉じるためにc3と指しても黒はe5と指し中央を支配できるので、黒優勢の盤面となる。
今回の記事では、ACDの駒組みと考え方をみてきた。ACDは特に白のユーゴスラブアタックに対して優位に立つことができ、黒の勝率も高い。しかし、白がユーゴスラブアタックを選択しなかった場合など、ACDにも弱点は存在する。
次回の記事では、「定跡のその先へ」シリーズの2回目として、ACDの弱点をみていくこととしたい。
―B.―