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あらいぐまは今日も楽しく手を洗う

もともと私は潔癖症、とまではいかずとも潔癖症気味だった。

中学・高校時代、クラスにも部活にも自他共に認める潔癖症の子たちが居た。

よくありがちな
「他所のお母さんが握ったおにぎりは食べられない」とか
「他所のお母さんが作った料理は食べられない」という子たち。

周りから
「じゃあ、コンビニのおにぎりとか、お店のお弁当はなんで食べられるの?」と聞かれると
「だってコンビニでもそうだけど、お店の人はしっかり手を洗ったり、殺菌消毒してから調理しているでしょう?」と返していた。

なるほどなぁ、それは確かに言えているかも。
そう思っていた記憶がある。

いつから私、潔癖症気味になったんだっけ。
と振り返ってみた。

思い出した。

結婚と同時に夫の海外転勤で過ごした国から帰国した時だった。

帰国してから日々、買い物をしていると、結婚するまで日本に居た頃には見たこともなかったようなものが目についた。

除菌、殺菌、消毒と書かれた類いのものたち。

折しも、O157の対策がテレビ等でもしきりと言われていた。

改めてこんなに除菌とか殺菌とか、対策グッズあったっけ?と思うほど、日本ではふつうにその類いのものがどこでも売られていた。

気づけば、私は、家の至るところにすぐ使えるノンアルコールのウエットティッシュを置いていた。

出かける時にも、携帯用のウエットティッシュタイプのもの、スプレータイプのものなどを欠かさないようにした。

家のせっけんも、泡やリキッドタイプの、殺菌効果のあるものに変えた。

海外に居た頃には除菌や殺菌グッズなんて無縁だった。
でも、帰国したとたん、そんなものが溢れている日本で、私は錯覚した。

ちゃんと除菌しなきゃ。

気づけば、手洗いの回数も明らかに増えていた。

タオルがかなり早い段階でびしゃびしゃになった。

手を洗う回数が増えて、何か触ればウエットティッシュ。

私の手はクリームを塗っても荒れていた。
ただでさえ、家事で水を使うことは多いのに
それに加えてかなりの回数手洗いをしていたのだから当たり前のことだ。

ある日のこと。

手を洗って、すでにびしゃびしゃになっているタオルで手を拭きながら夫に言った。

「ごめん。私、手を洗い過ぎだよね?おかしいよね?」

「なんか、いくら手を洗っても十分じゃない気がして。でもタオルこんなになるといつも自分でおかしいよねって思ってて...」

気づけば私は泣いていた。

夫は意外にとも笑顔でこう言った。

「そうかもねぇ。きっとあらいぐまになっちゃったのかもね。」

驚いて夫を見た。
おかしいよ、止めなよ、そんなの必要ないよ、とか変わってしまった私を全否定されると思っていた。

「あ、あらいぐま?」
「うん。」
そういって夫はまた笑った。

「あらいぐまみたいに頑張って洗ってるんだよね。気にすることないよ。」

私を否定せず、怒りもしない、夫のユーモアに私は心から救われた。

相変わらず、私は ずっと あらいぐま だった。
どこでも手洗いをしっかりしていた。
出先のトイレで手を洗うことなく出ていく女性は恐ろしいほど多い。
そんな中でも私は あらいぐまみたいに手を洗っていた。

せっけんのないところのために、紙せっけんや携帯用のハンドソープも持ち歩いていた。
手洗い用のハンドタオルは、何枚も持ち歩いていた。
ウエットティッシュは用途に分けて持ち歩いていた。

友人や知人とご飯を食べるとき
必ず私は自分の手持ちのウエットティッシュを差し出していた。
友人、知人たちはいつも口々にこう言った。

「さすがー!」
「こういうものを持ってるのって尊敬しちゃう」
「人に手渡せるほど持ち歩ける、
できる女になりたいよ」

私にしてみたら、正直、心のなかでいつも
持ってないあなたたちの方がおかしいよ、と思っていた。

さっきまで化粧を直したり、携帯をいじくったりしていた手を洗うこともなく、そしてウエットティッシュで拭くこともなくそのまま食べちゃうことの方がおかしいよ。

口には出さなかった。彼女たちから見れば
私はおかしいかもしれないから。

昨年、世界は大きく変わった。
新型コロナウイルスのパンデミックだ。

海外から見ても、日本/日本人は清潔だと言われていたけれど
その根本的な手洗いが推奨されるほどの事態になった。
あらゆる店からマスクだけでなく、せっけんだとか除菌、殺菌、消毒グッズが消えた。

どのくらい手を洗えば菌は取れるのか?
除菌、殺菌、消毒の違いはなんなのか?
効果的なアルコール濃度は何パーセントからなのか?

テレビでもSNSでも沢山の情報が飛び交った。

大人向けの手洗いの歌ができてしまうほどの事態に
私は呆れてしまっていた。

これまで、想像以上に沢山の人たちが手洗いすらもしてなかったんだ、と。

そう考えると、恐ろしくもなった。
例年流行する、インフルエンザとか、O157だって
みんながきちんと手洗いしていたら、防げていたこともあったのではないかと。

約20年前から あらいぐま のように手を洗い
除菌や殺菌などしていた私は
皮肉なことに今の世の中ではおかしくもない存在になった。

昨年は、普段使っているハンドソープや除菌、殺菌グッズ、ウエットティッシュなどの家の在庫が尽きたときに、どこに行ってもなくて困った時もあった。

今ではどこへ行っても、至るところにアルコール消毒が置かれている。

それを使わずとも、自身の携帯アルコールで消毒する人もいる。

一人ひとりの心がけが、大袈裟でもなく日本を、世界を救う。

だから今日も私は、年季の入ったあらいぐまとして
楽しく手を洗う。

これからも、洗い続ける。

あらいぐまと命名してくれた夫に感謝しつつ。


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ほしまる
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