いま、なぜ日本国内にスペースポートが必要なのか? ースペースポートジャパン 代表理事 山崎直子さんインタビュー
北海道スペースポート(HOSPO)が本格稼働して半年が経ち、HOSPOの新たなロケット射場建設の寄附が集まり、認知度が高まるなど少しずつ取り組みが進んできました。
今回は一般社団法人スペースポートジャパンの代表理事を務める山崎直子さんに弊社CMO(Chief Marketing Officer)の中神がインタビュー。スペースポートジャパンの描く未来についてお伺いしました。
山崎直子(やまざき なおこ)
一般社団法人Space Port Japan代表理事
2010年スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し、国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131に従事した。2011年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)退職後、内閣府宇宙政策委員会委員、一般社団法人Space Port Japan代表理事、公益財団法人・日本宇宙少年団(YAC)理事長、環境問題解決のための「アースショット賞」評議員などを務める。
”スペースポートづくり”は、”まちづくり”
中神
本日はインタビューをお受けいただき、ありがとうございます。改めて、山崎さんが代表理事を務めるスペースポートジャパンについて詳しく教えていただけますか。
山崎
スペースポートジャパンは、2018年7月に設立された一般社団法人です。日本が宇宙旅行ビジネスのハブになることを目指し、現在は約50の企業や10の自治体と共に取組みを進めています。具体的には、民間のスペースポート候補地となっている北海道や和歌山県、大分県などの自治体や、沖縄県の下地島空港の利活用に取り組む三菱地所などが会員になっています。
昨年6月には、「スペースポートシティ構想図」を発表しました。これは架空の都市構想ですが、スペースポートを作ることは「まちづくり」でもあります。周辺にどのような産業やサービスを展開していくべきか、企業や自治体と共にアイデアを出しあい、作りあげたものです。
人工衛星と人が両方離発着できる場所を国内でどう作っていくか、民間でどう運営していくかをオールジャパン体制で議論していきます。
中神
スペースポートをつくること=まちづくりという点はとても共感します。スペースポートジャパンの具体的な事業内容についても、お聞かせいただけますか。
山崎
各地のスペースポートには運営会社がありますので、それぞれと連携を取りながらスペースポート自体を盛り上げていくというかたちです。具体的な内容として、ひとつは関係機関と連携して法整備や環境整備の推進に取り組み、自治体や企業が安心して参入できるようにすることがあります。既に官民協議会が立ち上がっており、スペースポートジャパンもそのメンバーになっています。
もうひとつは海外との連携です。5年ほど前から米国でおこなわれている「スペースポートサミット」には、アメリカはもちろん海外のスペースポートを管理する組織が一堂に会し、意見交換、情報共有を行っています。
スペースポートは、宇宙旅行だけではなく地球上の二地点間輸送といった移動のハブにもなりうる場所です。例えば、ニューヨークとアジア圏を40分という速さで結ぶ移動手段としても使われうるんです。海外では既に「この地点とこの地点を結ぼう」という議論が起こっています。日本としても初期の段階からアピールをしていくことが大切で、それが将来、国内のスペースポートに対しても追い風になると期待しています。
「宇宙のミライ」HOSPO ビジョンブックより。地球上の二地点間輸送も描かれている
スペースポート同士の「二地点間輸送」は、ニューヨークとアジア圏を1時間以内で移動可能に
中神
山崎さんのお話を伺っていると、「アジアのハブ」というワードがとても気になりました。HOSPOもアジアのハブ宇宙港を目指していますが、海外のスペースポートの動向についてお伺いできますか?
山崎
アメリカでは、既に12のスペースポートがFAA(Federal Aviation Administration=アメリカ連邦航空局)から認可を受けて整備済みで、運行準備を進めています。
興味深いのは、それぞれのスペースポートに地域ごとの特色があることです。ヴァージン・ギャラクティック社が利用するニューメキシコ州の「スペースポート・アメリカ」だと「サブオービタル宇宙旅行の拠点」というコンセプトを打ち出しています。NASAの拠点があるテキサス州ヒューストンは「都市型のスペースポート」、コロラド州は航空宇宙産業と豊かな自然環境を生かした「観光型のスペースポート」というように特徴があるんです。
アジアでは、中国が独自に検討し、シンガポールやマレーシア、韓国などがスペースポートに関心を示しています。早い段階から日本がスペースポート整備に取り組んでいる姿勢を示すと、二地点を結ぶときに相手方になる可能性が高まります。
もちろん、国内の視点から見ればロケットやスペースプレーンを開発している企業が複数あるので、その拠点ができることは重要です。それと同時に海外から二地点用の機体が来ることになれば、宇宙船の整備や有事の備品交換、人工衛星などの産業が広がっていきます。地域への経済効果も大きくなり、運営に際しても、複数の機体があるとスペースポートを共有出来るメリットがあるので効率化も進むでしょう。
国内の拠点となりつつ、海外からの誘致もできることが重要だと思っています。
現在の北海道スペースポートの様子。1000mの滑走で民間企業や大学の航空宇宙実験がされている。左にある大きな建物はJAXAの実験施設。海沿いにはインターステラテクノロジズのロケット打上げが行われているロケット射場「Launch Complex-0」がある。
日本のスペースポートがアジアのハブ宇宙港となり、海外ビジネスを誘致する
中神
地域の特色を出したスペースポートのコンセプトを掲げて、国内だけでなく海外から誘致していくのは重要ですよね。山崎さんのお話で「地域への経済効果」というトピックが出てきましたが、HOSPOも民間に開かれたスペースポートとして世界中の航空宇宙関連事業者のビジネスをインフラとして支援していきたいと考えていますし、HOSPOを核としてまちづくりや地方創生での効果、あらゆる産業とのシナジー効果が生まれると思っています。
山崎
日本は特に立地的条件に恵まれ、その優位性はとても大きいと感じています。アジアでは、地理的な要因でロケットを打ち上げられない国がたくさんある一方で、アジアやアフリカなどの様々な国が人工衛星を持ちつつあります。新興国における人工衛星事業は、今後も年10%近い割合でどんどん増えていくことが想定されています。国内外の人工衛星需要を取り込めるスペースポートは、地域でも期待が大きいのではないでしょうか。
コロナ禍で今は制約がありますが、技術者が移動したり、最終的な組立てを地域にいる人に委託をするなど、地域と打上げ事業者、衛星を打ち上げるユーザーとが一体となった経済が広がってきています。
その波及効果は大きなものですが、付随してどのようなサービス展開をしていくのかはアイデア勝負でしょう。テーマパーク型やミュージアム型など人が集まる観光地として、保安区域を倉庫にして物資輸送のハブとして、災害時の備蓄をする災害拠点として……どんどん新しいアイデアを作り出していくのは、地域の方との共同作業になると思います。
また、近年は地方中核都市の役割が重要視されており、この傾向は今後も変わらないといわれています。国連の人口動態を見ても、人口は都市部に集中していますが、一極集中ではなく、分散しながら地方の中核都市に人が集まってきている状態です。
航空機輸送の航空路をとってみても、地方都市同士を結ぶ路線が増えており、首都ー首都だけではなく、地方中核都市ー地方中核都市同士の行き来が重要な役割を担いつつあります。
そうした都市のいくつかはスペースポートと連携してほしいと思っています。
大樹高校の高校生と一緒に、スペースポートがある町の未来を描いたワークショップで最後完成したライブドローイングの絵。
中神
HOSPOもスペースポートの施設を生かした観光ツアーや農業漁業等とコラボしたツアーの企画、教育や人材交流、物資輸送など様々なサービスを展開したいですし、昔から北海道・十勝には開拓精神が根付いていて、十勝・大樹町でも多くの技術実証がされてきているので多くのチャレンジを呼び込みたいですね。また、HOSPOがアジアのハブ宇宙港となり、そこからアジアの各都市や、国内のさまざまな都市や地域に人やモノの運ぶ機能を担えたらと思っています。
スペースポート×教育/観光の掛け合わせで、ユニークな修学旅行や企業研修も
山崎
スペースポートがあると宇宙や科学分野に強い、または関心がある人材が集まるという利点もあります。教育プログラムを組み合わせれば、実際のスペースポートを活用しながら研修や体験ができますね。
宇宙のスタートアップ企業は国内外問わず、人材の確保で苦労されていると聞きますから、技術を持つ人たちのマッチングの場にもなればいいと思います。
中神
大樹町にあるHOSOではJAXAの実験施設やインターステラテクノロジズ株式会社(以下、IST)がロケット打上げをするロケット射場LC-0やロケット工場などもあります。すでに見学ツアーの問い合わせも来ています。米国のスペースポートでは、STEM教育プログラムを提供し、非常に人気がでています。宇宙開発の最先端を体感できる学校向けのプログラムを企画をしようと、HOSPOでも準備を進めています。
ロケット射場や工場見学ツアーの様子(インターステラテクノロジズ提供)
山崎
実際のものに触れられるのは、生徒にとっても素晴らしい機会になりますね。それによって、私たちも気づくことがあるのではないかと思います。いろんな人に知ってもらい、応援できる土壌につながっていけばいいですね。すごく楽しみです。
ロケットや宇宙船の垂直打上げ、水平打上げ、気球実験…さまざまな航空宇宙ビジネスをサポートする「多様性」こそがHOSPOの魅力!
中神
山崎さんが日本のスペースポートのひとつとして、HOSPOに期待していることはありますでしょうか。
山崎
HOSPOの取組みとしては、ISTが宇宙空間到達に成功したことは、大きなマイルストーンだったと思います。人工衛星を打ち上げるとなるとそれがまた次のマイルストーンになる。水平滑走路の延長計画にも取り組んでいて、段階を追って進めているという点を応援しています。垂直打上げ、水平打上げ、さらにはJAXAが行っているような気球の実験など、さまざまな航空宇宙ビジネスをサポートできる多様性はHOSPOの特色ではないでしょうか。
北海道スペースポート(HOSPO)未来図イメージ
大樹町が30年来にわたって宇宙関連の施策に取り組まれてきた「蓄積」は非常に大きなものです。日本のスペースポートは、近年になってようやく官民協議会が設立され、内閣府や国交省、関係省庁などと具体的に議論ができるまでの土壌ができましたが、ここに到るまでの皆様のこれまでの蓄積は大きく受け止められています。敬意を表したいです。
期待していることとしては、航空宇宙産業が集積している日本において、大樹町はJAXAやIST、Space Walkerなどが既に行なっているように、試験開発の大きな拠点となりうるという利点があります。まずは事業者との連携を大切にしながら、事業者の要望を吸い上げていってもらえるとありがたいです。
運用に関しても、北海道には自然、技術、食、人…と色々な要素があり、これらをどう結びつけていくかだと思います。滞在ツアーのなかにオプションがあれば皆で楽しめますし、リピーターに繋がりやすいという利点もありますね。
人工衛星を打ち上げるユーザーにとっては、最後にインテグレーションをして打ち上げるまでの間に何週間か滞在をすることになります。北海道の魅力を感じてもらいながら、開かれたスペースポート、可能性を示していけるスペースポートになっていくことを期待しています。
宇宙ビジネスは、北海道全体の新産業として発展する
中神
HOSPOは、アジア初のスペースポートを整備し、アジアのハブ宇宙港として貢献し、さらには航空宇宙産業が集積した「宇宙版シリコンバレー」をつくるという目標を掲げています。その取組みに対するご感想があれば、お聞かせください。
山崎
北海道にスペースポートが整備されれば、町内だけではなく北海道全体の産業に大きく波及が出てきますから、全体で考えていく視点は大切だと思います。宇宙航空産業は、ひとつの区画で集積しているものではなく、部品をつくる町工場など地域に点在しているものを有機的に結びつけています。それによって技術や人が集まるところに、進出をしようと考える人も出てきてほしいなと思います。
中神
「HOSPO」の取組みを北海道全体で盛り上げていくために必要なことは何でしょうか。
山崎
北海道という地域にある人や技術とどう連携をとっていくか。宇宙産業はどうしても敷居が高いと感じる方が多く、「どう参画したらいいか分からない」というご相談をよくお受けします。
そのときに相談にのったり、事例紹介ができると、人と人を繋げる「ハブ」としての役割ができます。現在はオープンイノベーションなどよく言われますが、ただ人が集まっただけではそれは機能しません。機能するためには、人と人つなげる役が欠かせず、それをSPACE COTANが担っていくことになるのでしょう。
他市町村との連携という意味でも「宇宙版シリコンバレー」というコンセプトを提示したのは非常に有用だったと思います。自治体や企業によって温度差がある中で、漠然としたアイデアをかたちにし、一つ一つ事例を見せていくことが連携の近道になるのではないでしょうか。
例えば、広大な自然があり第一次産業が豊かな北海道だからこそ、人工衛星の使い方が活きてきますよね。人工衛星を活用する事例をどんどん見せていくと、イメージがつきやすくなり、「自分のところでもできるかも」と現実味が増してくるのではないかと思います。
中神
おっしゃる通り、北海道は一次産業が強みでもあります。HOSPOでも宇宙利用の先進実験や、衛星データを使ったスマート農業・漁業・林業の取り組みが生まれるなど北海道ならではの分野とのコラボレーションを積極的にしていきたいと考えているところです。
一次産業や自治体も、これからは「宇宙を使う時代」に
山崎
地域での取り組みでいうと、福井県が県民衛星「すいせん」を打ち上げたことは、とても大きなニュースでした。自治体が人工衛星のデータを行政に活用する利用例が今後も増えていけば素晴らしいですね。
そうした取組みが広がれば、農林水産業などで改善できる部分はまだまだたくさんあるはずです。人工衛星だけではなく、地上、飛行機、ドローンなどのデータを組み合わせて、効率よく高めていけるようなところに宇宙も寄与できると嬉しいです。
また、アメリカのコーネル大学が4グラムの小さな人工衛星を打ち上げて通信に成功したというニュースが2017年にありました。これほどの小ささで通信までできる時代になったということに驚いています。
ISTも子会社のOur Starsで人工衛星に取り組むという発表があったので、すごく楽しみにしているところです。
これからは、今まで思い描いていた「人工衛星」の概念が覆されていく時代になると思っています。10平方センチメートル四方の「1U」と呼ばれるサイズがだいぶ規格化されてきましたが、それよりもさらに小さくなると、より多くの人工衛星が打ち上げられるので、数でデータを取るという利点ができます。
アルテミス計画(アメリカが推進する月面着陸計画)においては、Space X社の「スターシップ」という大型宇宙船が月着陸船に選ばれました。そのスターシップは、先ほどもお伝えした二地点間輸送機としても使用するという構想が発表されています。二地点間輸送というと、感覚的には2040年くらい、まだまだ先のことかなと思っていましたが、そんなに遠い将来ではなく始まるのかもしれないと注目しています。
中神
山崎さんから見て、日本のスペースポート全体が抱える課題は何かありますでしょうか。
山崎
日本だけではなく、各国が口を揃えていうのは「地域の方々の理解」そして「環境に対するアセスメント」です。空港の整備事業にも長い歴史があったことが示しているとおり、スペースポート化も地域の方と共に取り組み、オープンにしながら進めていくことが大切です。
これは時間がかかることなので、先行して早めにやっていくことが必要でしょう。大樹町は、そのあたりも含めて長年の蓄積があることも、大きな利点なのかなと感じています。
HOSPOに親しみを感じてもらうことが、宇宙への関心につながる
中神
さいごに、山崎さんは小学校時代を札幌で過ごされていて、当時見た美しい星空が宇宙に関心をもった原点だとお聞きしています。北海道の子どもたちに、宇宙に関心を持ってもらうためにはどうしたらいいでしょうか。
山崎
私は、小学2年生のときの「星空を見る会」がきっかけで宇宙に興味をもちました。学校の先生が工夫をこらして、さまざまな体験の機会を与えてくれるのは、とてもありがたいことですよね。宇宙に限らずいろいろなものに興味をもち、「これが好きだな」と思えるものを持てることは財産になります。
宇宙は裾野が広いので、人が宇宙へ行く時代になると、衣食住すべてが宇宙と接点をもつことになるでしょう。今は興味がなくても、今後「これは宇宙と関わるかも」という接点が出てくるかもしれません。それぞれの好きな分野を見つけて、宇宙とのつながりを考えてもらえたら嬉しいです。
北海道から民間のロケットが宇宙に達したのは、民間としてもアジアとしても初めてのこと。さらにいえば、世界でも純民間の液体ロケットは数えるくらいしかありません。それが北海道にあるのは本当にすごいことです。「遠いところの話ではなく、北海道で行われている」ことだと実感してほしいなという思いもあります。
子どもたちに限らず、たくさんの方々にHOSPOの取組みに親しみを感じてもらうことが、宇宙に関心をもってもらうためにも大事なことだと感じています。
(完)
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北海道宇宙サミット2021のお知らせ
2021年11月4日〜5日に、北海道にて「北海道宇宙サミット2021」が開催され、山崎直子さんにも5日のカンファレンスにご登壇いただきます。
宇宙を、様々な切り口から読み解くこのカンファレンス。最新動向や未来予想、宇宙を軸にした北海道の地方創生など、宇宙ビジネスのキーマンとともに熱く議論していきます。現地開催で熱量が高い空間になると思いますので、ぜひお越しください。(カンファレンスはオンライン配信も行います)
詳しい情報はこちらを御覧ください!
https://hokkaidospaceport.com/summit/