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日本殺人巡礼という旅

日本において、年間およそ千件の殺人事件が検挙されている。

殺人者とは異常な存在である。
彼らは我々常人の理解の範疇を超えた異常性を抱えていて、
我々には到底理解できない行動原理に基づいて人を殺す。
兎に角、我々常人とは別種族に属する人間である。

と、思いたい。


。。。

八木澤高明著「日本殺人巡礼」を読んだ。

本書は日本で起きた10の殺人事件に関する現地取材をまとめたルポタージュである。

もともと著者の八木澤氏は週刊誌のカメラマン出身で、その後フリーのライターとしてネパールの左翼組織、各国の娼婦、殺人者といったテーマをメインに扱い活動していた。

左翼組織、娼婦、殺人者。

三者に共通するのはいわゆる裏社会に流れ着いた社会不適合者という点にあると氏は考察する。学校に嫌悪感を抱き、記者という得体の知れない仕事(著者談)に就く自分とどこかシンパシーを感じて彼らに興味を持ったのだろうと自己分析している。


左翼組織、娼婦、殺人者。

八木澤氏が抱く彼らへの興味は共感から始まっている。

本書のルポタージュとして異質な点は、
殺人事件を扱っているにもかかわらずその主題が、
犯人の異常性でもなく、
事件の残虐性でもなく、
遺族の悲劇性でもなく、
犯人の生い立ちと、彼らを取り巻く環境に当てられていることだ。

一般的な殺人事件ルポで主題になることが多い要素にはあまりスコープしていない。そもそも八木澤氏の文章からは殺人犯に対する怒りや軽蔑、嫌悪感といったものをあまり感じない。

八木澤氏が殺人者に向ける感情を一言で表すならば、慈愛だろうか。
殺人者という異常者に対して寄り添うような優しい視点である。

本書において彼は殺人者が人を殺めるに至る理由を、
実際に八木澤氏が町を歩いて、
彼らを取り巻いた環境、社会情勢から考察し明らかにしていく。

何故、彼らは人を殺めたのか。
何故、自分は人を殺めていないのか。
その境界線を見極めたい。

これが本書最大の目的である。

閉鎖的で時代に取り残された東北の農村、
漂流した貧困層によって形成された東京の端の街、
鉱山バブルの衰勢に翻弄された北関東。
殺人者とは、土地に呪いのように刻まれた閉鎖的な村文化に馴染めなかったり、排斥されてきた人達だという。
それは生まれついた因縁であったり、後天的な主義、思想との折り合いであったり理由は様々だが、殺人者はこれらの社会情勢に殺された、或いは殺しを余儀なくされたと説く。

殺人者に対する慈しみとは対照的に、
殺人を犯させた社会情勢要因に対して八木澤氏は容赦ない怒りと批判を向ける。
殺人者とは、歪な社会構造のしわ寄せで出てきてしまった膿であり、社会との折り合いの悪さが最悪の形で噴出してしまっただけなのだ。

八木澤氏は最後に殺人は個人の資質よりも、社会や時代によるものであると結論づけた。自分が人を殺していないのはたまたまで、立場が逆だったらならば牢獄につながれていたのは自分かもしれないし、自分も読者もこれから繋がれないとも限らない。殺人者と我々の間の人間性はそう大きく違うものではなく、境遇、或いは境遇の変化によって誰もが人を殺す可能性を秘めているという結論によって本書は締めくくられる。


色々と考えてみる。

冒頭で述べたような殺人者に感じる異常性とは、
実は我々の願望なのではないだろうか。
殺人という最悪の行動に至らしめる人間の内なる狂気が、
自分の中に宿っていないでほしいという、
全く根拠の存在しない儚い願望でしかないのだ。

大岡正平著「野火」において、
下等兵松永の最期のセリフを思い出した。

「お前もな、絶対俺を喰うはずだ。」

実際には、誰もが人を殺してしまう可能性を抱えている。
社会が、時代が、一個人に対して全力で牙を剥いた時、
人間というものはあまりに無力である。



。。。


八木澤氏は事件の全貌を明らかにするため、
殺人犯の出生地、居住地、殺人現場を巡って取材を行った。


彼はこの取材を”旅”と表現した。


自分の足で歩いて、自分の目で見る。
殺人者の魂が染み込んだ土地を巡って、彼らに思いを馳せる。
風土と血縁に塗れた境遇を重ねてみる。
殺人者たちと真っ向から向かい合い、
己の中の醜い内面と照らし合わせて、
自ら立てた興味の問に対する答えを見つける。


なんと素敵な"旅"だろうか。

"旅行"ではない。

日本殺人巡礼は、
正しく”旅”と呼ぶに相応しい旅だった。


読んでいて一緒に旅をしているような気分にもなった。しかし、それは八木沢氏が感じた現実の1%にも満たないのだろう。旅に付随する大きくうねる感情の激動が羨ましい。


浅はかな私は、
ああ、記者っていいなあなんて思ったりして。


旅に出たいなぁ。
人生を全ベットした旅に。





終わり。

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