見出し画像

7. 決断のとき

長年勤めた会社を辞め、人生で初めて転職した。
上場したばかりで成長フェーズにある。勢いもあり社内が明るいし、経営との距離が近い。ただ、上場したばかりの会社だけあって整備すべきことが山ほどあった。

少しつづ現状課題を整理し、焦らず、長い目線で改善の手を打っていく。
そう、こういう時に焦りは禁物なのだ。
コツコツ、1つひとつやって行く。
大事なことは、全体像を俯瞰して計画立てること。それが理解を促進しリソースを確保しやすくなる。

チームスタッフは荒削りだけど、なんとか着いて来てくれていた。
なかなか大変だけど、なかなか楽しかったりする。

ただ、東京拠点の問題を察知しキャッチアップしようとしたのがいけなかった。まさか地方にある本社だけでなく、東京の管理も見ることになるとは。

聞いてないよ。

正直そんな思いであったが「やるしかない。」そう思い直して取り組んだ。

そんなおり、今度は新型感染症が広がり、その対応も任されることとなった。管理の責任者だから仕方がないが、仕事がどんどん増えていく。
でも「やるしかない」のだ。

業務の棚卸が整理されて行くうちに、消防計画にある避難訓練を何年も実施していないことがわかったり(法令!)、内部統制に脆弱性が見つかったり、改正会社法への対応が薄かったりと、次から次へとやるべきことが増えていった。

さらには機関投資家の要請をきっかけとして、ESG(環境[E: Environment]、社会[S: Social]、ガバナンス[G: Governance])プロジェクト発足と運営、BCP(事業継続計画)策定と社内教育など、これでもか!というくらい、責任範疇が広がって行った。

いくらなんでも、やりすぎ、やろ!?

当初の前向きな改善計画は未完を余儀なくされ、これら守りの対応に追われた。特にコロナ対応はPCR検査や濃厚接触者の特定と保健所対応など、感染拡大防止の観点から深夜・休日なくケータイが鳴り続け、実質的には休みなく働いて、疲労こんぱいした。

まだ会社が若いからか、シーン別でのルールを策定し、レポートラインも取り決めて全社へ説明会した上で共有しているのに、守れない。
おいおーい!と思いながらも、優しく丁寧に本来あるべき姿を示しながら地道にコツコツ取り組むしかない。

フタッフも随分と根気よく、粘り強く対応してくれたが疲弊が見えて来た。

管掌役員へ状況を説明し、リソース増員や業務分散を進言したが、これが全く動かない。役員間で方針が異なり、忖度がはたらいていた。

それでもスタッフは頑張り、仕組みを作り他部署の協力を得ながら、成果を出すことができ、管理部門としては珍しく社内表彰を受けた。受賞写真の笑顔が疲れ切っていたのを見て、本当に申し訳なく感じた。

本当は起業準備をすることを目論んでの転職だったが、全く時間が無い。
時間は作るものであることは知っているし、そうして来た。
だけど体がキツく、精神的にもギリギリだった。

そんな低空飛行でも、スタッフが頑張りなんとか飛び続けることができた。

おかげで保険契約の見直により修繕費を賄ったり、思い切った交渉で光熱費、通信費、その他大幅な費用削減を実現し、そのコストで社員が働きやすい環境を整えて行った。
次年度以降も効いていくるコスト見直しであったため、これも社内表彰となった。管理部門で連続表彰は異例のことであった。

逆境の中で、成果を上げ、いい評価をもらった。
スタッフが評価されたことが何より嬉しく、苦労が報われ本当に良かった。
小さくてもいい。成功体験を積んでいくことが、本当の成長につながる。

しかし、それでも、私たちの給料は上がらなかった。
人事制度が破綻していたのだ。

後日、役員に呼ばれ、最上階の会議室で日頃の働きと社内表彰についてねぎらい言葉をいただいた。

ありがたかった。

しかし、話が進むにつれわかってきた。
本筋は、我が部署の人員削減の相談、というより指示だった!
社内異動ではなく、人員削減である。

頑張って成果を上げた派遣社員を切って人件費をカットするというのだ。

ついにキレた。

成果を上げたら増員するという約束は一体どうなったのか。
承認決裁済みの職場環境改善施策が突然凍結されるのはなぜか。
どうしていつも約束が守られないのか。
このままだと社員からの信用を失いかねない。

「経営判断だ!」

社員とのエンゲージメントをここまで無視して、説明もないまま一方的に言われても納得できる訳が無い。経営判断ではなく、あなたがそう持って行っただけではないのか。

これは、相当厳しいなと感じた。
役員が傾聴してくれないと何も始まらない。

本当に参った。

この会議の後、最近やたら耳鳴りがするので病院へ行ったら、ストレスによる「突発性難聴」との診断を受けた。

これまで多くの修羅場を乗り越えて来たが、病名を知らされたのは初めてだった。ついに、体に出てしまった。
どおりでときどき集中できないわけだ。
ふらふらするし。

迷ったけど、その管掌役員へ報告し、体制見直しと業務分担をお願いした。
「心配だね、無理してはダメだよ。」と口では言っているが、当然のように先延ばしし、何も動かない。本当に何もしようとしないのだ。

このままではさすがにまずい。
会社の人財が信頼を感じれなくなってしまう。

私も、体だけではなく、精神面までやられてしまうかもしれない。

この会社では新しい経験をさせてもらった。そのことはありがたい。
でも、もう潮時が来たかもしれない。

深いところでそう感じた。

ありがたいもので、直属の上司とスタッフとは非常に良好な関係を築けていた。いつも笑いが絶えず、それでいて真剣に仕事をした。匿名の社員意識調査でも社内平均を大きく上回り、上司部下の信頼感が高く、仕事へのやりがいをもてていた。

これは本当に嬉しかった。(みんな…ありがとう。)

もっと一緒に、より価値ある仕事をして行きたい。
でも、私はすでに限界を超えていた。
このままでは起業どころか、心身とも健やかに自分らしく生きて行けない。

ここは俺のいる場所じゃない。
十分、やったよ。

断腸の思いで、この会社を辞めると決めた。

仕組みや流れを作って余裕を生み出してもどんどん仕事が増えていった。
もし、俺が辞めたらスタッフはどうなるのか。
例え責任者が辞めても、すぐに後任を就ける役員ではない。
さて、どうしたものか。
そればかりを考えて、ひとつの作戦を立てた。

そして
まず、チームのリーダー2名を呼び出し、やっとの思いで退職意向を告げた。

泣いていた。

不覚にも、俺まで泣いてしまった。

そして後日、直属の上司と管掌役員に時間を作ってもらい、人生2度目のセリフを切り出した。

ある作戦を携えて。

「この度、一身上の都合により退職させていただきます。」


つづく


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?