宇宙への入り口なのかもしれない〔宇宙期の扉〕
娘が産まれてから、突然私の持っていたものは何もかも無くなった。
家族、友達、仕事、時間、自分の意思と体。
物質的にはある。だけどない。
手を差し伸べてくれる人は時々現れるけど
掴んでも掴んでも届かない。
どうして私だけそっちに行けないんだろう。
どうして私はこんなところに閉じ込められているんだろう。
誰か助けて。助けて。
助けて。
どんなに願っても助けられる人はいなかった。
うまく伝えられないし、何か私は間違っているのかもしれないとたくさん悩んでたくさん泣いてどこで道を間違えたのか、戻る道はもうないのか考え、探して、他に方法はないのかとたくさん色んな本も読んだ。
だけど、見つからなかった。
とある本を読んで、心の発達のことを知った。
私は「同じ社会で人と繋がっている」
という存在感が感じられていないんだとわかった。
「同じ社会で一緒に頑張っている」
「同じ社会をみんなと一緒に作っている」
こういった感覚が「ない」のだと。
同じ社会をみんなと一緒に作れないかと頑張ったこともある。
だけどどこへ行こうとしても行けなくて、同じように出来なくて、劣等感が押し寄せる。
以前に読んだ本の中のネズミの世界は同じ界隈ではいられないネズミは排除される。
私はそのネズミと同じだ。
みんなと同じようにいられない。
自分だけうまくいっていない、わかってもらえない「孤独感」だと思ってた。
私の孤独はそれ以前に最初からその前提の上にもない「そこにいられない孤立感」なんだ。
私は宇宙の入り口の扉の前でまだうずくまっているのではっきりと扉の向こうは見えてはいないけれど、たくさん泣いたので、もう次の場所へ行きなさいと、いうことなのかもしれないな。
私は誰のことも嫌いにならないし、みんなもたぶん私を嫌ってはいない。
同じ界隈にいられないけれどいなければならないなら、片足だけ突っ込んで違う世界も見に行けばいい。
だけどどこへ行っても白ネズミの私は
違う世界もきっと居場所ではないんだろう。
扉の向こうから、私の出来るものを違う場所から届けるよ。
宇宙もきっときれいだよね。