佐藤君のけだるげな冒険 試し読み②
もうすぐ関西コミティア71!
星沢てらす改め、柚木トモカ商店も出店が決まりました! スペースNoはB-54!
ということで今回も、柚木トモカ作「佐藤君のけだるげな冒険」の冒頭を掲載! ティアズマガジンかんさい70でも紹介された、注目作です!
前回↓
https://note.com/hoshizora_708/n/n5365ffa30765
②
「すごいじゃん、命! あんなでっかい人倒しちゃうなんて!」
「……別に」
「あっち、戻らないの?みんなすんごい盛り上がってるよ。命と話したいって人も何人か居るし」
「……どうでも。俺は行かない」
そっけない返事に、羽根場桂悟(はねば・けいご)は軽く眉を下げる。
屋上では先ほどまでの試合に対する考察や、鮮やかな優勝者の勝ち様を語り合う声で騒々しい。そこに命が行けば、荒みきった不良高校に突如現れた伝説のヘッドのような全力でワッショイの扱いを受けるだろう。
しかし命がいるのは、屋上からやや離れた、階段の踊り場である。横に居るのは長馴染みの桂悟しか居ない。こんな寂しい場所に居るのは、単に人に囲まれるのが苦手だからだ。だから有名になるのもあまり好きではない。
数多くの大会に出場しているのも、名誉のためではなく、己の強さを誇示するためでなく。金のため、賞金目当てである。普通の人なら喜ぶはずの名声も、命にとっては邪魔なものでしかなかった。
顔がバレて有名になるのなら、いっそ仮面が欲しい。
「あ、そ、その……賞金、もらえるんだよね。何円だったっけ?」
「5万円」
「そ、そうなんだ」
「………………」
「………………」
それきり会話が途切れる。
幼馴染だから、桂悟は命があまり喋らないタイプであることをよく知っていた。よっぽど興味を惹くネタでもないと向こうから話をする、ということは少ない。そしてそういうネタは、大抵普通の生活では、ない。
「…………あはは」
「………………」
沈黙を紛らわすように、かるーく笑ってみる。
さらに、沈黙。
冷や汗。別に命に悪意があるわけでも不機嫌なわけでもないのだが、桂悟は命とお喋りがしたいのだ。何かいいネタはないかと部屋中を見回す。しかし殺風景なビルのこと、そうそう面白いものがあるわけでもない。敢えて取り上げるなら壁のヒビで、ここに来る度に亀裂が成長と増殖を繰り返しているように見えること。これくらい。
全く面白くない。陽気な人間ならまだしも、命のことだ、「そうか」の一言で片付けられてしまう。
(じゃなくて、別の話題は……)
それとも、ロビーにある枯れ花についての方がいいだろうか。この花はいつか誰かが気まぐれに置いていった鉢植えに咲いており、いつかはアサガオのような花が咲いていた。
桂悟には効かなかったが、全盛期には大量の花粉をばら撒き、近づく花粉症罹患者を次々と鼻水と涙の洪水に静めていったという。闇討ちに来た不良グループを撃退したという噂まである。
枯れても尚崩れ落ちることなく、今度は花粉の代わりに謎の毒液を分泌。迷い込んだ虫とかを融解させ……。
「て怖いよ!!! 毒液ってそりゃ食通植物じゃん!!!!」
「……? グルメがどうした」
「あ……いや、なんでもないなんでもない」
慌てて手を振る。
一人ボケつっこみ。しかも若干噛んでいる。ていうかツッコミだけ口に出すって何だ自分。命は大抵の奇行はスルーしてくれるスキルを持っているが、これ屋上でかましたらただの不審者である。よくてドン引き、悪くて袋叩き。少なくとも次回ここに来ることに非常な抵抗が出来るのは間違いないだろう。
あぁもう仕方ない。多少つまらなくとも華が無くとも、他愛のない話を振ろう。
「今日はたくさんの人が来てたよね。木林とか同堂とか、御馴染みの人もいっぱい居たけど、おじいさんとかも見かけたし、スーツかけてメガネかけた男の人とかもいたよ」
「へぇ」
「あぁいう人たちも興味あるんだね、格闘大会。なんだか若い人向け、っていうかただのガキの殴り合いとかみたいに思われてるイメージがあるけど、見る人は見るんだね」
「さぁ」
よく喋る桂悟と、気の無い返事を返す命。しばしそんな会話が続き。
「あ、そういやさ、女の子も来てたんだよ」
「女の子?」
「そう。すごい長い綺麗な金髪で、スカート履いてさ。顔はよく分からなかったけど」
「金髪の女、か……」
片田舎のアマチュア格闘大会といっても、出るのは力自慢の荒くれ者ばかりである。女で敵わないとは言わないが、一度も女性の参加者を見たことが無い。見学する者すらいなかった。
物好きな女も居たものだ。命の反芻はそんな意味を込めたものだったが。幼馴染には、どうやら別の意味に写ったようだ。やや顔を青くしわたわたと手を振りながら。
「え、もしかして女の子に興味あっちゃったりするの?そ、そりゃきれいな子かもしれないけどさ、紅一点だけれどさ、き、興味持つのはどんな子か知ってからじゃないと……あ、けど命は美人だし性格もいいけど……」
よく分からない方向に話題がシフトし始めた桂悟のたわごとを聞き流しつつ。命は既に別のことを考えていた。
長い金髪の女、で思い出した。普段接するのは男ばかりだから忘れていたが。
6年後の4月1日。その日に、自分の元に来ると。……そう約束した、金髪の少女のことを。
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