「僕ね、女の子の服を着せられてるんだ」
この前、実家近くの美容室にいったとき、何度も歩いたはずの道で、ふとある女の子のことを思い出した。
いつも同じ通学路を往復するだけだった僕が、まわり道をして帰っても誰にも怒られないことをようやく知った小学六年生のときのこと。
美容室と八百屋の間の道、僕の被っている帽子とは違う、黄色い帽子を頭に乗せた女の子は、何をするでもなくただ立っていた。
その場所はちょうど学区の境だから家は近いはずだった。だから小学一年生の女の子が一人で外に立っているのは違和感があった。
「家に帰らないの?」
「家に帰りたくないんだよ」
「なんでよ、ずっと外にいたら寒いじゃん」
僕と友達は覚えたばかりのまわり道を、そこら中の落ち葉を踏みながら歩いて帰った。そんな季節だった。
「ママが嫌いなんだよ」
「なんでママのこと嫌いなの」
「だってママは僕のこと女の子だ、って言うんだもん」
僕は友達と顔を見合わせた。
「でも女の子の服着てるじゃん」
「違うんだよ!」
「なにが違うの?」
「僕ね、女の子の服を着せられてるんだ」
「ランドセルも黒がよかったのに、赤じゃなきゃだめって言われて」
ランドセルの話なんかされても、わからない。
僕たちは、女の子が何を言っているのか、女の子に何が起きているのか、全く理解できずにただあたふたしていた。
僕たちは、女の子の言うことを疑って聞いた。
「男の子ならさ、ちんちんついてるの」
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残念ながら、僕の記憶はここまで。ここで終わるのはどうかと思う。でも本当にここまでなんだから仕方がない。
このあと、
『ついてないよ。僕にもなんでかわからないけど』
と困り顔で答えたかもしれないし、
『当たり前じゃん。だって男の子だよ』
と強がるように答えたかもしれない。
いずれにしろ、
小学6年生の僕にとって
「自分を男の子だと言う女の子」
はあまりに不思議で、ー10年近く経つまで思い出すことはなかったもののーひとたび思い出したらそのシーンが鮮明に浮かぶほど、強く記憶に残った。
元気にしてるかな。
高校生になった彼は大事なものや人を見つけて、 『自分』を生きているかな。