現実逃避の現実逃避

曇った窓ガラスを拭いきれずに涙を流す
己をよそに
ただひたすら穏やかな表情で料理をする婦人
召使という身分に誇りを持ち始める貴女
なぜあなたはぼくの傍にいるのか

その日は不思議だった
満月の未知なる白い影
そこにあるのは貴女とわたしの残影
まるでコーヒーに浮かぶなまくりーむのようになめらかで
おだやかで
そしてせつないわたしたちの化身。

月はそれをおしげもなく私たちの頭の上にこぼし、優しくつつみこむ。
ああ、なんと!気味がわるいほどに平和な世界!

貴女の姿がぼやけてしまうほどに
わたしはあなたをみつめている

幼いころ 母の後ろ姿にみとれていた
病気がちのぼくに
苦い薬を飲ませる母が鬼のようにみえたが
母の手は天使のように優しかった
貴女はわたしの母のように穏やかに
わたしを見離さないでいてくれる

貴女の愛に恩返しができないとわかっているから、わたしはみずから
貴女の愛から逃れるために
ぎゅっと瞳をつむるんだ

まぶたの奥に残るあなたの姿を感じながら
わたしはひとり 
長い旅に出かけていった

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