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高澤教授ラストレッスン 学生に届ける歴史の学び

2023/12/18発行 冬号(1057号)

今年度末で本学を退職する高澤紀恵教授に、これまでの歩みや学生へのメッセージなどを取材した。題して「ラストレッスン」。さて、これを読む皆さんも一緒に受講してみよう。

 高澤教授は近代西洋史ゼミの担当で、専門分野はフランス近世史である。宗教戦争での内乱を卒論テーマで扱った過程でフランス近世史に足を踏み入れたという。神の名の下に人々が殺し合う宗教戦争、この背景には何があるのか。宗教戦争に興味を持ったきっかけはそこにあった。これは今にもつながる問題である。仏文学者の渡辺一夫も宗教戦争の研究やそれについての本を執筆していた。渡辺は戦争経験者で人々の狂気や熱狂に耐えて研究を続けた過去があり、狂信的に人々が救済を求める時代の中で冷静かつ良心的に行動する人々を著作の中で描いた。しかし、それに対し高澤教授は少し異なった視点を持つ。「自分がその時代に生きていれば、その熱狂に乗って周囲と同じように行動するだろうと思う」と教授は語る。狂気と表すこと以上に、そこに陥った人々の背景に着目したのだ。

 教授は東京女子大学で学部時代を過ごした。当時、渡辺の教え子の久米あつみ教授が担当する基礎ゼミで、ラブレーについてのレポート課題があった。なんと、久米教授は高澤学生のレポートを渡辺に見せ、高澤学生は渡辺から赤修正が入ったレポートを返されたそうだ。高澤教授はこの出来事を印象深く覚えている。高澤学生は頻繁に西荻窪の珈琲店で友人と学問について語り合ったり、小劇場で演劇を観たりと学生生活を充実させていた。高澤教授の恩師の1人は歴史家の二宮宏之だ。二宮は、宗教戦争に興味があった高澤学生にそれに関係する本を貸したり、「春学期は立教大で宗教戦争の講義をするから受講しないか」と誘ったりした。二宮はかつて取り扱おうとしてやめた宗教戦争に興味を持つ学生がいて嬉しかったのだろう。高澤教授は二宮から人間的にも多くのことを学んだそうだ。

 退職後は研究に専念する高澤教授は、教授としての時間を「学生に届く講義を目指して準備に何時間もかけた。学生を下に見ることなく講義を学生と共に創り上げられる教授であろうとした」と振り返る。毎年同じテーマを講義で取り扱っても、受講する学生も、投げかけられる質問も毎年異なる。決して「同じ講義」など存在しないのだ。教授としては学生側の問いは研究活動において重要なものであり、深く物事を考えられる材料となる。教授は学生との関わりを「現実に晒される良い機会」と表現する。教授の日常は家と大学の往復が殆どだが、大学で関わる学生はアルバイトなどの他の空間で社会の現実を知っている。現実の社会での緊張感があって歴史学が成り立つため、学生を通してその現実に触れられる教室という空間を失う前にやらなければならないことがあったりするのだそうだ。「学生の皆さんからはたくさんのものをいただいたのです」と教授は感謝を述べた。法政で務めた 5年の間にコロナ禍があったが、学生からのリアクションペーパーは暗闇の画面から届く声であった。試行錯誤であっても教授の講義が届いているのは確かだったのだ。教授は今の4年生を、一緒にコロナ禍を乗り越えた戦友のように感じている。

 教授は「過去は誰のものか」という問いを我々に投げかける。日本列島で起きた過去は日本人だけのもので、フランス革命の過去はフランス人だけのものなだろうか。現実起こっている争いなどは自分には関係ないことなのか。教授は我々の歴史に対する潜在的な感覚に問いかける。歴史のさまざまな要素を交差させたり相対化させたりして「時間の相」から世界を考えることが大切だと教授は語る。教授は日本語がネイティブのフランス歴史研究者として、その文化的背景を生かしてフランス史と向き合ってきた。歴史を学ぶ意義は、記憶や過去がなければ個人レベルでも集団レベルでも人は生きられないからだ。より良く生きるために必要ものが歴史である。

 教授は、変容の時代の中で学生に求められることは批判的思考力だという。「当たり前と言われることを疑い、自らの意見を自らの言葉で表現できることが必要だ。論理的に根拠を示しながら、互いに敬意と批判的思考力を持って他者と議論をすれば他者との間に橋が架けられる」。古典を読むことも教授は勧める。「現在学んでいることは常に古くなるため、学びを続けなければならない。学びに向き合うには、滅びることのない知的な基礎体力が必要だ。現在役に立つこと、新しいことばかりを学ぶのではなく、汎用力のある古典を読むトレーニングが学生も大事」。良い友達と出会うことの重要性も語る。「昔、一緒に教師の悪口を言いながらコーヒー飲んだ仲は今でも続いている。何者でもない時に知り合った友達を得られるのは学生の特権。」

 最後に教授は学生に向けてエールとメッセージを送る。「混沌とした21世紀に生を受けた学生の問題観は上の世代のそれとは異なるだろう。自分の感性を信じ、自分が面白いと思ったことはやってみてほしい。その理屈は後からついてくる。」(飯田怜美)

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