🇫🇷フランス旅行記2024年3〜4月 1
フランス旅行記 その1
前回、まとめ記を書いたので今回は細かい所を書いていこうと思う。
3/27(水)、前職の最終出社日だった。
3/28(木)の4時に起きて、6時に羽田に着くように行った。我ながら忙しない日程にしたもんだなぁと思った。
8時半のフライトまで時間があったし、前日はご飯を食べておらず腹ペコだったので機内食が出る事も忘れて六里舎でガッツリ早朝からつけ麺を食べるなどした。
座った席の隣にアメリカ人家族がいて、赤ちゃんがただただ可愛かった。
その後、フライトの時間となり飛行機に搭乗。
中国東方航空の利用は初めてで、チェックインカウンターが他の航空会社と違う場所で戸惑った。
中国の浦東空港に着いた時にはトランジットの時間40分前とかで空港局員の方にパリと記載されたシールを貼られてダッシュすることになった。
ちょっと忙しなかったけど無事に乗り継ぎ出来た。
シャルル・ド・ゴールには予定時間の1時間遅れで到着。
現地時間19時に着いて、オペラへ向かう為にロワシーバスチケットを購入してバスを待っていた…が、いくら待ってもバスは来ず。
一緒に並んでいたマダム達と遅いね、なんて話して待ってたらバスの通り道に車を放置した人がいたようで、警察を呼んで対処してもらうことになった。
ターミナルを移動して、漸くバスに慣れた時には22時過ぎ。2時間くらいバスを待ったけど3月末とはいえパリはめちゃめちゃ寒かった…。
23時過ぎにオペラに到着し、メトロでゴブランへ向かう。
メトロでチケット売り場を探してうろうろしてたらいつの間にかホームに入ってしまって、慌てて近くにいた人にチケット売り場の場所を聞いたりなどした。
パリのメトロは無賃乗車の抜き打ちチェックがあるのでチケットを降りても持っていないと罰金を取られてしまう。
何とかチケットを買ってホームに向かったら丁度抜き打ちチェックの人がいて、無事チケット買えて良かったと心底ホッとした。
ゴブラン駅に着いて、ホームを上がったらメトロ入口前にホームレスのおじいさんがいて挨拶された。ホームレスもワイン飲んでてフランスって感じだなと思ったりなどした。
友人にラインで話したらまじで金取られるし危ないから目を合わせるなと怒られた。
ゴブランのアパルトマンは、フランス語の先生の元生徒さんの友人の持ってる部屋で、今回はそこを格安で借りることが出来た。一泊だったけど、パリに住んでる日本人の方にお世話になり感謝。
翌朝5時に起きて、ゴブランからパリ東駅へ向かった。8時前のTGVに乗り、メスへ向かう。
パン屋さんでパンオショコラとコーヒーを買ったのだけど、店員さんがとても優しかった。
TGVに乗り、出発。パリからメスまでは1時間半くらいだった。
大体景色見て、寝てた。
メスに9時前に到着。メス駅はフランスで1番美しい駅と言われているらしい。
3/29はキリスト教徒の成人の日?みたいで、友人が仕事休みだからとメス観光から付き合ってくれた。
半年ぶりの再会。半年前に渋谷で会った時はほとんど日本語が話せなかったのに、会った早々、簡単な日本語を連発してて驚いた。
友人の車に荷物を相手からメスの街中散策をした。
メスにはドラゴンモチーフの像や旗が結構あった。友人に何でか尋ねたけど、知らんとのことだった。
友人は陸軍の人なので、街中にある偉人の像や軍関係の建物について精通していて、色々と教えてくれた。
大体大きい街には軍の建物は必ずあるらしい。
広場を歩いていたら友人が突然電話し出したので、何事かと思ったら友人の友人が合流するとのこと。
メスに住んでいるそうなので、ふらっと会いに来たらしい。
カフェに入って1時間くらい喋ったらした。
彼は友人のサンシールの時からの付き合いらしく、今は友人とは別の部隊にいて、3日後に南フランスに暫く行かないといけないと言っていた。
明日の友人の誕生日会には行くからまたよろしくねと
別れた。
友人の友人からお勧めしてもらったレストランに行って、人生初のエスカルゴと鴨のコンフィを食べた。
とりあえず量が多い。フリットの量も尋常じゃないけど美味しかった。
友人は車で来てたのにビールを飲んでたので、驚いたけど、フランスでは1,2杯程度なら大丈夫らしい。
再びメス散策に戻るが、階段や門など色々な所にアール・ヌーヴォーのものがあった。
その後、友人の運転でナンシーへ向かい、友人の実家を案内してもらった。
友人の実家は一軒家で門扉を開くと車が2台停めれる駐車場と庭があった。
フランスの地方の一般家庭の家を見るのもお邪魔するのも初めてで、当たり前だけど日本の田舎の家(田舎のおばあちゃんち)とは全然違った。
家は土足でもオッケーだけど基本的に玄関で靴を脱いでおく感じ。(家庭によるみたい)
家は母屋があって、母屋から庭に出て離れがあり、離れは生活リズムが家族と異なる友人の部屋になっていた。(そちらに冷蔵庫から洗濯機などなどあったから二世帯住宅みたいな感じ)
母屋は二階建てで、とにかく広いお家だった。
冷蔵庫は食材を入れておくものと飲み物を入れておくものがあり、それと別に簡易的なワインセラーがあって日本の家庭って実家でもものが多いと思ってたけど、コンパクトな方だったのかもなあ、などと思った。
その後、私が泊まる部屋で一息つかせてもらっている間に友人のお母さんと義父が帰ってきたので挨拶。
家族構成や洗面所やシャワーの使い方などを教えてもらった。
友人の義父は某車会社に勤めており、丁度パック(イースター)の時期だったので、会社でノベルティとして配っているチョコレートと義父が日本でも有名な某ショコラティエと知合い(だったか仕事を一緒にしたか…?うろ覚え)とかでその方のチョコレートを貰った。
なんやかんやしているうちに夕食の時間になった。
実家だと食事の時間になるとお母さんが「ご飯よ〜」と声を掛けてくれるが、あちらでは「À table」といって声を掛かるみたい。(※家庭による)
写真を撮りそびれたが、フランスに折角来たからということで夕食にはラクレットをいただいた。
食卓にはサラダと蒸したジャガイモやソーセージ、ワインが並んでいた。
ワインは食事前に友人がティスティングをしていて、皆本格的に食べる前にちゃんと味見するんだなあと、これまた文化の違いを感じたりした。
夕食後は皆で居間に集まってテレビを見ながら雑談するが、切り分けたチーズがたくさんの種類(8種類くらい?)出てきて、常に家にこれだけの種類のチーズをストックしてるってこと!?と驚いた。
大体22時半くらいになり、いつ皆お風呂行くんだろう?と思ってたら、皆そのまま寝るってことで朝風呂文化なんだなあと思った。
そんなこんなでナンシー1日目を終えた。
その2に続く。(はず)
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