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R-1グランプリに出場して分かった、賞レースを突破することの難しさ

心臓バクバク。

「THE FIRST SLAM DUNK」の宮城リョータではないけれど。38年間の自分の人生振り返ってみたとき、極度の緊張で逃げ出したくなるような瞬間は何度かあった。

2023年1月12日の夕方。渋谷で行なわれた「R-1グランプリ」の1回戦に出場したのも、そのひとつ。僕はこれまで全くお笑いの舞台とは縁遠く、初めて立つステージだった。

結果は敗退。この日の合格者数は33名。平日にも関わらず254名がエントリーしていたから、突破率は実に13%という狭き門。特に僕が出場していた時間帯は合格者がほとんどいなかった。芸能事務所に所属している芸人ですら大半が敗退している中、無名の演者が1回戦を突破するのはいかに難しいかを痛感することになった。

こんなにも、観客を笑わせることは難しいのか。

感想は、これに尽きる。反省点を挙げればキリがないが、まだ記憶が新しいうちに備忘録として残しておきたい。

要件が厳しい

「誰でも参加できる」が売りのR-1グランプリだが、実はネタの要件はかなり厳しかった。

音響を活用したネタをしたい場合は、自前でオペレーターを連れてこなければならない。著作権に違反した音楽やイラストの使用も厳禁である。替え歌も、基本的に禁止である。

何より頭を悩ませたのは、持ち時間だ。初戦はたったの2分間。ゆっくり挨拶していたら、みるみるネタ時間は過ぎてしまう。(考えられるかは別にして)奥行きのあるネタ、複雑なギミックを取り入れたネタを披露しようとすると制限時間に引っ掛かってしまう。

分かりやすさが鍵(ではないか)

この要件を満たし、かつ無名参加者が初戦突破するためには、ある程度の「分かりやすさ」が求められる。

お客さんは、それほど1回戦の演者には期待していない。笑う準備がないお客さんを笑わせるために、何が必要か考えなければならなかった。

僕の前に出場していた多くは、フリップネタ、大声のネタ、キャラネタを用意していた。「いかに2分を有効に使うか」を考え抜いた結果だろうと思う。

ただ、当然これらのネタは重複してしまう。笑わせると同時に、審査を突破するという観点で考えたとき、ある程度の差別化は必要ではないかと僕は思う。(審査員ではないので、確かなことは分からないけれど)

だって前述の通り、1日で254名も出場しているのだ。「あ、またこのパターンね」という感じだと突破するのは厳しいのではないだろうか。

漫談で勝負するのは止めた

2022年12月中旬にエントリーしてから、約1ヶ月。

要件を確認し、僕は最初、あべこうじさんの漫談で勝負しようと考えた。

オーソドックスな漫談は、高い技術が求められるゆえ、プロでさえもジャンルとして選ぶのを避けている。練習を重ね、何らかのコンセプト(例えば厚切りジェイソンさんは「日本の違和感」という軸を持っていた)を固めてやれば、お客さんに分かりやすく伝わるのではないかと考えた。

だけど、改めてあべこうじさんのネタを見直すと、最初から最後までボケの応酬である。5秒ごとに小ネタも挟みながら、お客さんが「笑わない」時間を作らないように緻密に計算されたネタづくりがされている。(そう思わせない自然な話芸も、さすがである)

ということで、漫談で勝負するのは止めた。というより、諦めたという方が近い。(いつか機会があったらやってみたいと思うけれど)

フリップは、「ネタが飛ぶ」のを防ぐ効果がある

なんだかんだ多忙で、ネタの準備がほとんど取れなかった。

なので消去法的に、フリップネタを選択することになった。

というのもフリップは、100%ネタを暗記しなくても良いからだ。例えば陣内智則さんのネタは、ネタの半分は事前に収録された「音声」が喋っている。それに陣内さんが突っ込んでいるというものだ。(ネタそのものが面白いのは言うまでもないが)

何よりフリップは、お客さんに視覚的な「分かりやすさ」を提示できる。書かれていることを目で確認しながら、僕の喋りを聞いてくれる。そこに面白さがあるのであれば、堅く、笑いが取れるのではないかと考えた。

本番直前で、キャラクターを入れた理由

当日は、出番の1時間前に集合する。

演者は舞台裏に案内されるので、舞台の様子を眺めることはできない。舞台裏で着替え、ネタの準備をしていく。会場の隙間を覗いたら、だいたいお客さんは20名くらいだったかなと目視確認ができた。

そこで一気に現実感が出てきたわけだけど、それ以上に感じたのが、全然笑いが起こっていないということ。声を張り上げた演者の声は聞こえるが、お客さんの笑いは、本当にわずかしか聞こえなかった。

ちなみに僕は、受験のときに「周りはみんな、あんまり勉強していないように見える」という思い込みを持つようにしていた。普通は逆のようだけど、心理的優位に立つために、僕はそういったメンタリティで何事も臨むようにしている。当日も僕は、「みんな緊張しているな」とわりとナチュラルに思うことができた。

ただ、心理的優位に立ったとて、もうひとつくらいネタを工夫しないと、この極度に「笑わない」状況は打破できないのではないか?と考えた。

なので熟考の結果、出身地である栃木県の「なまり」を取り入れることにした。ややモラルに欠ける思いつきだったけれど、地元に帰れば僕も栃木弁が出ることがある。そういった背景もあれば、多少は許されるのではと判断した。

なので、直前の30分くらいはブツブツと栃木弁をインストールすることに努めていた。信じられないけど「これならいける!」と出番前は思えていたのだ。

戦績は、「クスリ笑いひとつ」

そして出場。

直前の演者が、すごくバタバタした動きのあるネタを披露していたので、オードリー春日さんのように、ゆっくり登場してみせた。

だけど、いきなり自己紹介を間違えるという痛恨のミス。リカバリーできず、「あ、違った」という声も漏れてしまい、会場は微妙な雰囲気に包まれてしまう。

そして、あれだけ(といっても出番前の30分間)栃木弁を練習したのに、大声で話すと、ただただ「ガラの悪いやつ」という感じになってしまうから不思議なものだ。練習って大事。実際に、声を張り上げて練習しないとダメだったなあと、ごく当たり前の反省が脳裏によぎっていた。

だけど、キャラクターを演じることによって、思ったより声を出すことはできた。腹から声を出す。初めてのステージで、それができたのは結構良かったなと思う。終始緊張はしていたけれど、2分間、ちゃんと最後までやり切ることができた。

ネタの終盤、ちょっとしたことでクスリ笑いがあった。それは、僕が「狙って」いたことでもあり、それが響いたことはものすごく快感だった。

その「ひと笑い」だけでも、来年も挑戦しようという気持ちになれるから面白い。

審査という観点から、時間は守るべきか

ちなみに2分間というルールがあるが、2分を過ぎるあたりで警告音が鳴る。そして2分15秒で強制終了で暗転するというのがルールだ。

僕はちょうど2分15秒の時点で「ありがとうございました」と言いネタを終えた。ネタのテンション的に、「良い感じのところで暗転して良かったな」と思ったけれど、審査という観点からは微妙かもしれない。

何せ「2分間の時間遵守」と決められているのだ。どういった方法で審査しているか分からないが、仮に減点法をとっていたとしたら、時間オーバーは減点対象だろう。出場する人は、くれぐれも時間には余裕を持って臨んでもらいたい。

最後に

長々と、どうでも良さそうな備忘録を記してしまった。

これが誰の役に立つか。たぶん、誰の役にも立たないだろう。

でも、ひとつ言えるのは、参加して本当に良かったということ。演者になって初めて分かることが多く、本当に学びになった。

R-1グランプリは、他の賞レースと比べて参加者が少なく、また「10年以内」という厳しい縛りも存在している。実際に他の賞レースよりも話題で劣るのが現実だろう。

ただ、だからといって容易く賞レースを勝ち上がれるわけではない。それはもう全然違くて、初戦さえも、勝ち上がるのは本当に厳しい。ネタのことを考えに考え、考え抜いた才能のある演者だけが、決勝まで勝ち進めるのだろう。

それが分かっただけでも、良かった。

「お客さん」だったときには分からないことは、山ほどある。演者、作り手、当事者……。そういった、現場を切り拓く人たちに敬意を感じながら、自分の仕事に臨んでいきたい。

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