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ささやき


(9章)

〈1〉

突然
足に痛みを感じ
まっすぐ歩けないので
整形外科へ行った。

待合室で本を読む。

しばらくすると
視界に
見覚えのあるジャージ。

〈2〉

隣の長椅子に
元勤務校の男子生徒。

授業に行っていた学級の生徒。

目が合えば
声をかけようかと思うが、
よほどケガが痛いのか
つらそうな顔をして
患部を見ている。

お母さんらしき方が
受付から戻り
その生徒に問診票を渡す。

〈3〉

その後、
看護師さんに
フルネームを呼ばれること3回。

私ってバレる。

別に構わない。

整形外科で会うくらい。

病院でバッタリの気まずさは
科によると思う。

昔、ひとけの少ない夕方のクリニックで
担任した生徒の保護者に会ったことがあり、
保護者の方から声をかけてくれた。

耳鼻咽喉科。

お互いにインフルの予防接種で、
特別気まずさもなく
待合室で
和やかに
むしろ
やや
盛り上がってしまった。

整形外科も耳鼻咽喉科も
誰にバッタリだろうが、
全然構わない。

〈4〉

さて、整形外科。

確か、この生徒、
私が退職した後、
インスタでフォローしてくれている。

ということは、
私のこと
覚えてるってことだし、
私の日々をみてるってこと。

〈5〉

レントゲンの技師さんも
大きな声で私のフルネーム。

ドアを締めてから

「お名前と生年月日をお願いします」

名前はともかく

年齢までバラすのか。

私は廊下に響かないよう

めちゃくちゃ小声で生年月日。

地球に堕ちてからの年齢。
かなりの年数。

何億年も生きているほりん星人として
地球年齢の数字は生々しい。

これ以上ない微かなる声。
いや、音。
ほぼ吐息。

愛のささやき
ならぬ
老いのささやき。

〈6〉

レントゲン後、
再び名前を呼ばれて
診察室へ。

ドクター

「見たところ
 骨の異常もなく
 "加齢による変形"もありません」

聞いた?

それ、大きい声で!

でも
ちょっと待って。

"加齢による"って
わざわざつけるってことは、
「年をとってはいるけれど」
って意味でしょう。

若い人の診察に
その言葉はありえないわけだから。

〈7〉

診察室を出てすぐ、
次に
生徒の名前が呼ばれた。

彼は
私の目の前を
不自由な姿勢で歩き、
這うように入っていく。

私は
診察室を出るときから
目が合えば
軽くバイバイの手を振ろうかと
準備してたが、

目の前、
ほぼ体があたるくらいの距離を
素通り。

あ、そ。

ま、彼は
突然のケガによる
痛さと
やっちまった感で
ツイてない顔をまとい、
人の顔を見る余裕などないのだろう。

〈8〉

だからといって、

まさか
未成年の耳元で
ささやくわけにもいかんしね。

そんなことしたら
変なおばさんとして
捕まってしまう。

あぶない、あぶない。

〈9〉

それにしても
私のフルネーム
何度も大きな声で呼ばれたのに

と思っていたら、
生徒の担任の先生が
LINEで

「ほりん先生と本名が
 紐づいているか、、、笑」

あ、そうか。

それは大いにあり得る。

ちなみに訂正。

公的な場所で使うフルネームは
本名でなく地球名。

本名は「めぎー・ほりんぽす」

ややこし。


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