【杉並区敗訴】いまだ全貌が明かされない杉並区の「偶発債務」を考える
「偶発債務」。台湾に本社を置く鴻海(ホンハイ)精密工業がシャープを子会社にするにあたって注目を集めたことがありますので、ご記憶にある方もいらっしゃることでしょう。
地方公会計においても、この「偶発債務」は明確化する必要があるものとされています(総務省:統一的な基準による地方公会計マニュアル)。
適正に算定し、財務書類(財務諸表)の注記に記載しなければなりません。
○生活保護費 減額変更の違法・取消しが言い渡された杉並区(東京地裁令和4年6月24日判決)
この間、杉並区に無視できない偶発債務が発生していました。
平成25年(2013年)に実施された生活保護費の減額変更が違法であるとして、被告の一員となっていた杉並区が敗訴し、その取消しが言い渡されたのです(東京地裁令和4年6月24日判決)。
もし敗訴確定となれば、当時の生活保護受給世帯(前区長時代の平成25~27年度)から全体に波及する大きな債務となります。
これは発生時に財務書類に注記しておくことが必要な「偶発債務」に該当しますが、なぜか区は、この件に伴う偶発債務の明確化を頑なに拒んでいます。
今日では杉並区の財政分析を行う上でも、予見される将来支出を把握する上でも、発生主義に基づく財務情報は欠かせないものです。
なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。
(1)いま必要な公会計改革の推進
現金主義・単式簿記による予算・決算制度を補完するため、自治体でも民間で馴染みのある発生主義・複式簿記を採用した財務書類の開示が進められています。
自治体財政の透明性を高め、説明責任を適切に果たすことが目的です。
現在では、ほぼ全ての地方自治体で発生主義を採用した財務書類(財務諸表)の作成が形式的には完了しました。
(2)公会計改革は、形式的には取組が進んだものの実質的な改善が課題
公金を扱う地方自治体では民間企業と異なる厳格な予算制度が法定されています。現金主義会計の採用もこの影響でした。
しかし、公共施設インフラの老朽化対策や適正な債務管理の必要性が重要な課題となる中、発生主義の考え方を無視してはそれらに対応することができなくなっています。
区民生活を守り、安定的な財政運営を図るには、将来想定される財政支出を的確に把握しながら堅実に対応することが不可欠です。
(3)自治体の「偶発債務」も正確に公表することが必要
「偶発債務」も現金主義会計においては無視されていましたが、これも現在では「統一的な基準による地方公会計」において取り入れられています。決算とともに正確に公表することが必要です。
ところが、明らかな偶発債務でありながら、意図的に未記載としているものがあるのです。
会計年度末に現実化していないからと隠すことは不適切です。適正に算定し、区の財務書類(財務諸表)に注記する必要があります。
(4)隠された偶発債務は、被告杉並区にとって無視できない課題
この間、新たに無視できない大きな「偶発債務」が発生していました。
平成25年以降の生活保護費の引下げ処分が違法なものであったとして減額変更の取消しが言い渡されているのです(東京地裁令和4年6月24日判決/被告:杉並区ほか敗訴)。
広範囲に影響が及ぶため、テレビ新聞をはじめ数多くのメディアが報道していました。
判決は、当時の引下げについて「統計等の客観的な数値等との合理的関連性を欠き、あるいは専門的知見との整合性を有しないもの」であり「最低限度の生活の具体化に係る判断の過程に過誤、欠落があると認められる」と指摘しました。
当時、生活扶助の基準額は物価下落などを理由として約6.5%引き下げられていました(平均)。
この基準を示したのは厚労大臣でしたが、実際に減額処分を行ったのは杉並区長であることから、区も被告となっていたのです(前区長が退職直前に控訴)。
(5)被害総額はいくらなのか
杉並区敗訴が確定すると、区に差額の支払い義務が発生します。これは区も議会で認めていることです。
これは「偶発債務」に該当しますので、区はその総額を事前に明らかにしておかなければなりません。
財務書類に注記するとともに、区民・議会に対して説明責任を果たさなければならないものです。
ところが、新たに億単位の偶発債務が明確になってしまうことをおそれているのか、区は頑なに詳細を明かそうとしないのです。
(6)杉並区の生活保護費は年150億円。ここから推計すると…
杉並区決算において生活保護費は年150億円程度で推移しています。このうち生活扶助は医療扶助に次ぐ大きな規模です。
例えば、本件訴訟で争点となった平成25年度の生活扶助は総額約50億円となっていました。
当時の引下げ改定では大半の受給世帯で生活扶助費が減額変更となっていたことがわかっています。
この引下げ分(平均6.5%)の被害が各年で積み上がっていると考えると、区に巨大な「偶発債務」が発生していることになるのです。
(7)被告自治体の相次ぐ敗訴
この被害総額の発覚を区はおそれているのでしょう。
しかし、本件は各地で同様の訴訟が提起されており、東京、大阪、横浜及び熊本の各地裁が相次いで減額変更の違法・取消しを言い渡しています。
取消判決には第三者効があります。確定時における区の差額支払い義務は減額を受けた全世帯に波及するのです。事態は予断を許さない状況です。
(8)当時減額を受けた方の中には既にお亡くなりなった方も
地裁では判決まで足掛け7年かかっていました。
当時の受給者の中には、この7年の間にお亡くなりになった方も出ています。
未払い分があったとしても生活保護費の相続はできませんので、自治体の支払い義務は死亡により消滅します。
その受給者の多くは高齢者です。
つまり、行政機関としては時を稼ぐことで課題を有耶無耶にし、風化させる訴訟戦術を持っている可能性もあるのです。
もし、それが理由で詳細を明かさず非公開・非公表を続けるのだとすれば、到底許せないことです。徹底的に解明しなければなりません。
「まずは情報公開の徹底」は、岸本聡子杉並区長の選挙公約でした。新区長が課題解決に協力してくださることを強く期待しています。
行政処分(減額変更)の発端は前区長時代ですが、これは現在の課題なのです。