北陸第一の城郭
古くから北陸の入り口だった今庄、
山中峠越えの万葉の道
木の芽峠越えの西近江路
栃ノ木峠越えの東近江路
全ての道が必ず今庄を通りました。
そして、そこには今庄の町を見下ろす愛宕山(標高270m)があり、山頂には燧ケ城址があります。
なぜここに築城されたのか、訪れてみて納得です。
本丸から町並と日野山を望む
築城は源平合戦の時代ととも言われていますが、交通の要衝にあったためかその後も様々な城主が立て籠もり戦ったようです。今でも曲輪や石垣、土塁、堀切などが残っていますね。
写真は、本丸の石段脇に石仏。
今も静かに本丸を守っています。
狭い山城に六千もの武者が並ぶ
上の写真は、本丸石段から虎口への道。
源平合戦では木曽義仲が六千余騎を率いて立て籠もったとされています。このような状況だったのでしょう。
写真は、本丸中央にある石積。
画面中央部の階段は大手側を向いています。
今もなお今庄を見守る石積み
写真は、本丸の西側(第二曲輪側)にある石積み。先程の石積みより大きいことに加え、この石積みからの眺望が素晴らしい。
本丸と第二曲輪の間にある空壕
以上、燧ケ城址を少しばかりご紹介しました。
今庄宿の旧街道沿いにある新羅神社から約20分で登頂できますので、行かれた際は、是非、今庄の町を一望されてはいかがでしょうか。