ポーランドジャズのライナーさらにもう一枚執筆しました。参照音源一覧
東京エムプラスさんから国内リリースされたポーランドジャズのアルバムのライナー、さらにもう一枚執筆しました。
こちらの作品、アダム・ピエロンチクの「シマノフスキ X-Ray」↓です。すでに先月上旬に発売済みです。
オリジナルはこのところ意欲的なアルバムを連発しているポーランドの気鋭レーベルAnaklasisからのリリースで、同じくライナーを執筆させていただいたアダム・バウディフ「レジェンド」とクバ・ヴィエンツェク&ピオトル・オジェホフスキ「ドラキュラの主題」と同じ「REVISIONS」シリーズの中の1枚となっています。
この2枚の参照音源については↓の記事をどうぞ。
ライナーでも書きましたがこのREVISIONSシリーズは、ポーランドのクラシックの作曲家をテーマにしてはいるものの「ふつうにジャズ・カヴァーするわけではない」という一筋縄ではいかないコンセプトがあります。
今回のピエロンチク作品はサックス、ピアノ、エレクトリック・クラシカル・ギターによるチェンバージャズ的なアプローチでシマノフスキの楽曲の「骨格」をさながらX線(X-RAY)のごとく照射したアルバム。
と言っても、生涯で何度も作風を変えたシマノフスキの広大な音楽全体をテーマにしているわけではなく、フォーカスしたのは「練習曲Op.33」というピアノ独奏曲です。シマノフスキについては後述します。
さて、そもそもアダム・ピエロンチクとは何者なのでしょうか? 非常にシンプルに説明すると、90年代以降のポーランド・ジャズ・シーンを代表するヒーローの一人で、今ではジャズフェス・プロデューサーとしても国内で名を馳せています。
90年代のアルバムでは、何と言ってもレシェク・モジジェルとの一連のデュオ・ライヴが必聴。レシェクについては、日本のポーランド・ジャズ・ファンで知らない人はいないほどの有名人ですよね。
彼は今でこそいろんなジャンルに関わる売れっ子音楽家として知られていますが、アダムとバチバチやりあっていた頃はかなりギラギラしたピアニストで、この3枚も収録曲はほとんど同じなもののそれぞれ「味」が違って楽しめます。
個人的にはマイク1本立てただけの状態で演奏した「Live in Sofia」のアトモスフェアが好きですかね。
(残念ながらどれも配信にはあがっていません)
Anniversary Concert for Hestia / Leszek Mozdzer & Adam Pieronczyk
Live in Sofia
19-9-1999
あとはモジジェルがセクステット編成で録音したこちら↓も90年代ポーランド・ジャズの到達点と言うべき名盤じゃないでしょうか。マチェイ・シカワ、ピオトル・ヴォイタシク、アダム・コヴァレフスキに若くして亡くなった天才ドラマー、ヤツェク・オルテルと素晴らしいメンバーです。東欧ジャズ評論家の岡島豊樹さんもよくこの作品をご紹介されてますよね。
Talk to Jesus / Leslaw Mozdzer Sextet
(モジジェルと言えば、やはりこの辺↓でしょうか)
アダムのことは、別の方向から知っている人もいるかもしれません。彼は自身がプロデュースしたソポト・ジャズ・フェスティヴァルのオフィシャル・ヴィジュアルやアルバムのカヴァーアートで、デザイナーの藤岡宇央(ふじおかたかお)さんを起用しているのです。藤岡さんはWAY OUT WESTの編集長としても知られる関西ジャズ・シーンの重要人物。
ピエロンチクが日本のファンにおいていまいち知名度が低いのは、多ジャンルで活躍するモジジェルやヴォイテク・マゾレフスキら同じ90年代以降のコンポーザーにくらべると、インプロヴァイザー道一直線というスタイルだからだと思うのですが、そんな彼の求道者ぶりが結実したのがチェコの巨匠ミロスラフ・ヴィトウス(ヴィトウーシュ)との一連のデュオ・ライヴではないかと。
(やっと配信されている作品が・・・)
ヴィトウス御大とのデュオは他に2枚ありますが、個人的には藤岡さんがジャケットを担当した、現時点での最新作「Live at NOSPR」の演奏が一番だと思います。ちなみにNOSPRはカトヴィツェにある素晴らしいコンサートホールのこと。今のポーランドを代表するホールじゃないかな。
上でピエロンチクは「インプロヴァイザー道一直線」と書きましたが、アルバム・リーダーとしてはかなり多彩にいろんな作品をリリースしていまして、ヒップホップやビートミュージック、電子音楽、中南米音楽なんかの要素も彼なりに消化して取り込んでいる「Busem po Sao Paulo」とか「Monte Alban」とか聴きごたえあります。
今回僕がライナーを書いた「シマノフスキ X-Ray」はピアノ、ギターとのトリオで、ちょっと近未来な感じのチェンバージャズという趣きなのですが、チェロや女性ヴォーカル、エレクトロニクスも入って深いところで共通するヴィジョンを感じるのが「Amusos」。
そんなピエロンチクが今回取り組んだのは、ポーランドの国民的作曲家の一人と言われている偉大なコンポーザー、カロル・シマノフスキです。実はシマノフスキに対してはポーランドのジャズ・ミュージシャンからかなり熱い視線が注がれていまして、実際何人かから「ある意味ではショパン以上にポーランドらしい作曲家だと思う」と言われたこともあります。
(ライナーで触れたシマノフスキの弦楽四重奏曲集。名盤!)
そもそも僕自身がクラシック界におけるシマノフスキ評をよく知らないということもあり、ライナーではスペースの大半を、僕がポーランド取材などの間にジャズ界隈の友人・知人から聴いたシマノフスキ観に割いています。一つのドキュメントとしてお楽しみいただければさいわいです。
(シマノフスキ・ジャズの代表作はこちら↓でしょうか)
さて、最初に書いたように本作はシマノフスキのピアノ独奏曲「12の練習曲Op.33」をベースに作曲されているのですが、実はこの曲、彼の代表作でもなんでもありません。それを証拠に、演奏しているアルバムを探してもなかなか見つかりません。
シマノフスキはキャリアの最後にポーランド最南部の山岳地帯の民俗音楽にフォーカスした作風に行き着き、実際に傑作も多いのですが、その前のロマン派的な要素とエキゾティズム、エロティシズムがミックスされた作風の時期も人気が高い。「12の練習曲」はその間あたりの作品で、はっきり言って過渡期なんですよね。
(その2つの時期の傑作をオイストラフや同じポーランド人のルービンシュタインが弾いたものを集めたこのアルバムなんかオススメ。「神話Op.30」とか大好きです)
(あとは、シマノフスキの世界的評価を高めた立役者(サーじゃない頃の)サイモン・ラトルのシマノフスキ集はマストでしょうね)
ライナーでは、シマノフスキが最後に行き着いた作風こそが後世のポーランドのジャズ・ミュージシャンたちを惹きつける理由になっているのではないかという推測も書きました。その意味では、一番のシマノフスキ・フォロワーは、昨年亡くなったレジェンド、ズビグニェフ・ナミスウォフスキなのかもしれません。
ピエロンチクもまたナミスウォフスキの熱いフォロワーの一人。過去に彼をゲストに招いて激アツデュオを繰り広げたアルバムもあります。
シマノフスキのクラシック作品も、本作もナミスウォフスキの音楽もそれぞれ全く違うキャラクターなのですが、深いところでつながっているのではないか?そして、それこそが今のポーランド・ジャズを形成する重要な要素の一つなのではないか?というようなことをライナーでは暗に触れています。
シマノフスキと、今のポーランドのコンテンポラリー・ジャズの間にあるものとして、ペンデレツキやグレツキ、キラル、ルトスワフスキにバツェヴィチら現代音楽コンポーザーたちの一部の作品も参考になるかもです。
本作は「近未来のチェンバー・ジャズ」とでも呼べるような作品になっていて、アヴァンギャルドな響きがありつつも、ちょっと「家具」や印象派っぽい感じも醸し出している不思議なアルバムです。そんな音楽になっているのはリーダーのピエロンチクの意外に飄々としたサックスが効いているのはもちろんなのですが、メンバー2人の力も大きい。
ピアノはドミニク・ヴァニャ。ECMでソロも出してる!
ヴァニャのために映画音楽家プレイスネルが書き下ろした独奏曲集
ギターはブラジルのネウソン・ヴェラス!
アダムとのはじめてのコラボ、このコメダ集が傑作でした。
ヴェラスものだとやはりこの辺もいいですね。
なかなか説明が難しいコンセプトのアルバムですが、上で挙げたアルバムなども参照しつつ聴くと、また面白さが深まっていくかもしれません。
(終わり)