小説:夢見るようなあたたかな日々 ①
後半→
【あらすじ】
親友が公衆の面前でお茶を飲み死んだ。
ある日、加賀まゆりの自宅に不審な手紙が届き始める。手紙には「秘密は守ります」と書かれており、毎日確実に自宅に配達されていき、ストーカーの存在が浮かび上がる。まゆりは親友・香川玲奈に相談するが、まゆりは後日、謎の死を遂げてしまう。
玲奈は警察の捜査に協力するものの、まゆりの死の真相は掴めない。一方で、玲奈の家庭にも嫌がらせが発生した。
やがて、事件の背景にある真相が明らかになっていき関係者たちの複雑な人間関係と、誰もが秘密を抱えていた事実が浮き彫りになっていく中で、玲奈は自分と親友の間にあった重要な何かを見落としていたことに気づくのだった。完全犯罪ミステリー。
1回5話 全二十話
一話
玄関の置き配には見慣れたダンボール箱。
若干、湿気を帯びているが、
片手で持ち上げられるほど軽い箱を部屋に持って入る。
中身は見当がついている、それにしても軽い。
爪で粘着テープを切り、箱を開け、
B5サイズの用紙が1枚だけ入っている。
「秘密は守ります」
12フォントの文字は、余白が目立つほど大きく感じられた。
箱の宛先は私の名前。
用紙を手で千切り、帰宅したままの格好で分解した箱をアパートのゴミ捨て場に捨てた。
翌日はアパートの郵便受けに。
その翌日は、ドアの間に。
毎日「秘密は守ります」B5の用紙が届く。
しみじみと文字を凝視すると、誰かに付け狙われているようにしか見えない。
仕事が休みの日もどこかに用紙は挟まり、
証拠保全でクリアファイルに入れていく。
1週間後、きっちり6枚の用紙が溜まった、
破り捨てたものも合わせて7枚。
「玲奈?私よ。聞いて欲しい話があるんだけど、
今、時間ある?」
玲奈は私の学生時代からの親友で、彼女しか話すつもりはない。
玲奈に謎の用紙について相談してみた。
玲奈は玄関用の監視カメラとペットカメラを購入し、それぞれ角度を変えてセットし、様子を伺うのが良いと提案してくれ、私は提案に乗ることにした。
カメラを設置してから用紙が私の手元に来ることがなくなった。
だからと言って玲奈がやったことじゃない。
玲奈は横浜在住で、用紙をうちへ出すためにわざわざ毎日通うのはナンセンス。
きっと玲奈は誰かに私へ届く用紙の話をしたかもしれない。
玲奈が話すとしたら彼女の旦那・大樹しかいない。
玲奈と大樹は社内恋愛の末に結婚し、今は高校生の子ども2人がいる。
大樹と会ったのは玲奈が入籍する前で、そこからは現在どんな風な生活をしているか、私は実際の暮らしを見ていない。
今の私に玲奈から守ってもらう秘密はない。
裏表がないと表現すれば綺麗に聞こえるが、現実は十人並みの生き方と波瀾万丈や特徴のない生活をしている。
ひとりで秘密を抱えるの旨みがあれば、生活へ多少のエッセンスになるかもしれない。
世間がパパ活や子持ち様と騒ぐ傍らに、平凡を絵に描いたような私がいる。
仕事ではルーティンワーク。会社の機密情報を握るなど100%あり得ない。
中小企業で社内の風通しは良く、私じゃなくてもトラブルは聞いたことがなかった。
二話
「キンクマ〜。お前、死神か何かついているだろう?」
「いえいえ、それはタツジュンでしょ」
僕はおしゃべりとpcができるキンクマハムスター。
飼い主は、
タツジュンこと、辰巳淳弥って40歳のオッサン。
僕たちは土曜日、タツジュンの提案でアジサイを見物に行き、そこで偶然出会ったグループと仲良くなった。
僕はハムスターだから、ずっと黙ってリュックのポケットにいた。時折、顔を見せてはグループから「可愛い」だの言われて嬉しかった。
グループとタツジュン、そして僕は一緒に記念撮影をし、
「写真をプリントしたら送りますね」
グループにいた男の人とタツジュンは名刺交換し、
写真が出来上がった連絡かと思ったら、グループにいた女の人が亡くなった報せだった。
自殺したらしい。
警察からの電話で、タツジュンは仕事を休むことになり、こうして僕たちはタツジュンのマンションで事情聴取を受け、リビングで話をしている。
「俺、何か悪いことした?」
心の傷が癒えたばかりのタツジュンは頭を抱えている。でも、今回ばかりはタツジュンに何も落ち度がない。
土曜日は梅雨の中休みだった。
空には綿を広げた雲がかかった晴れ間で、アジサイの見物客は家族連れなどがスマホで写真撮影をし、
僕たちもその中にいた。
タツジュンのリュックについているポケットはメッシュ素材、あるグループの男性が僕に気づいて声をかけてくれた。
タツジュンは自然にグループの人たちと会話する。
「暑いですね」
気の利く女性が自販機でタツジュンとグループにお茶を買ってきてくれた。
アジサイをバックに僕とタツジュンを記念撮影してくれて、そうしてグループと別れた。
グループは、タツジュンよりも年上に見えた40~50代の男女4人組だった。
シンプルにまとめるとこんな話。
そのときのお茶は毒入りで、亡くなる原因だと、
警察の人はグループとタツジュンの関係やアジサイ見物の様子を詳しく訊きにきた。
僕やタツジュンには関係ない出来事なのだが、
警察にしてみれば少しでも手掛かりがほしいだと思う。
ちょっとでもおかしな点や気づきがないか聞かれたが、僕らには違和感がないほどありきたりな光景で、映画で観る、誰かが首を抑えながら口から泡を吹くとか血を流すとか、全くなかった。
冷えたお茶をみんながアジサイを見ながら飲み、
「どこから?」「世田谷です」
「世田谷も広いから」「そうですね」
「変わったハムスターね」
「キンクマハムスターって種類らしいですよ」
「可愛いね」「ありがとうございます」
「いつもハムスターとお出かけされるの?」
「はい」
「暑いね」「暑いですね」
記憶に残るほどしか言葉は交わしてない。
でも、ここで既に自殺は行われていた。
三話
警察の事情聴取を終えた後、外はゲリラ豪雨で
暫く1階のロビーで雨宿りさせてもらう。
まさか、まゆりが自殺したなんて。
悪い冗談か悪い夢を見ているにしか思えない。
つい最近、まゆりを誘ってアジサイ見物に行ったばかりでまだ信じられない。
また涙が溢れ出した。私の親友がもういない。
まゆりと私はともに地方から上京した学生で、
『加賀まゆり』『小田玲奈』学籍番号が前後して友達になった。
まゆりは人から恨まれるような子じゃない。
派手でも地味でもない、性格は積極的で芯が強い完璧主義。私からみれば理想的な女性だった。
私が24歳で結婚するまで、海外旅行やダンススクールへ一緒に通うほど仲が良く、
「おばあちゃんになったら同じ特老ホームへ入りたいね」
かなり先の話まで語り合う仲。
まゆりが亡くなる前だった。
まゆりから「変な手紙が来るの」相談されて、私なりに適切なアドバイスはしたつもり。
夫の大樹が仕事から帰宅してまゆりの身の上を話すと「ママのアドバイスは正しいと思うよ」
まゆりが前からストーカーに遭っている話も聞いてなく、変な手紙ぐらいなら警察に相談するのはどうなのかな、など大樹は言って私も同感だった。
まゆりが亡くなり、やはり警察に通報するなどの対処を助言すれば良かったのかと後悔した。
後悔するたびにまゆりへ土下座して詫びたい気持ちになった。
これまでまゆりは私を支えてくれ、それなのに私は頼りなかった。私さえしっかりしていれば、まゆりは死なずに済んだのではないかと思うと私がこうして生きていることが間違いじゃないかと思う。
変な手紙は警察も把握しており、まゆりの部屋のクリアファイルに保管されていたらしい。
遺書はない。
バッグに毒物が入った袋があり、
監視カメラにも特別変わった様子が撮影されてなく、まゆりのアパートや近所の住民も街に変わった出来事や人物がいたなどの証言がなかったという。
まゆりに闇があったのだろうか。
どうして私に相談してくれなかったのか。私が主婦で子持ちだからだろうか。
だとしても水臭い。私はまゆりを親友として大事に想っていた。
まゆりは私と同じ42歳だ。私に話してないだけで会社の人間関係やそれ以外にも交友があっても不思議ではないし、逐一私へ報告をして来ないだろう。
隠しているつもりがない交際相手がいても、だから全部を打ち明けてくれなど思ってない。
それはお互い様で、それぞれが各自自分に忙しいのは自然なこと。
それでも。まゆりが追い詰められて思い悩むことがあったなら、私に話してくれたら力になれたかもしれない。
外のゲリラ豪雨がまゆりの涙に見えた。
四話
午前を遅刻にしてもらい、昼から出勤。
午前中は警察に呼ばれ、事情聴取の中身が不快で
「香川大樹さん、加賀さんから何か聞いてないですか」
初対面の加賀さんから何を聞くんだよ。
妻の親友、加賀まゆりが自死した。
俺は土曜日に、
俺、妻の玲奈、加賀さん、俺の同僚・三上の4人でアジサイ見物へ出掛けた。
警察が言うには、アジサイを見ながら飲んだお茶に毒が仕込んであり、加賀さんは亡くなった。
俺には不可解だ。
お茶のことを話せば、お茶を自販機から購入して渡してきたのは加賀さんで、自殺なら談笑している時間にどうやって毒を飲んだのだろう?
警察が関係者を呼ぶとは、ひょっとして殺人じゃないのか。
俺たちともう1人、ハムスターを連れた男と5人がペットボトルのお茶を飲んだ。
警察が言うにはハムスター男も無事で、任意の聴取を受けているらしい。
警察には俺が知っている全部を話した。
加賀さんはアジサイ見物に行く少し前に、毎日自宅へおかしな手紙が届いていると妻へ相談を持ち掛けた。
妻は監視カメラをつけてみたらとアドバイスし、俺は夕飯時にその話を聞いた。
俺は妻のアドバイスが適切だと思って同意した。
だとしたら、その手紙の主が犯人だとしても自販機で買ったお茶に毒を仕込む手立てがない。
やはり、加賀さん自らが毒を飲んだか。
ハムスター男と俺たち4人は初対面で、世田谷に住んでいると言っていたが、ハムスターを連れている以外に変わった様子もなく、
「今時の若者はハムスターを散歩に出すのか」
時代の変容と金色のハムスターは珍しいしか思わなかった。
もとよりハムスター男へ声をかけたのは俺で、加賀さんと顔見知りの気配すらなかった。
あの日、アジサイを見ながら飲んだお茶は結露していたほど冷えていた。
だとしたら、この犯行は無差別犯罪で加賀さんが運悪く毒入り茶に当たっただけではないのか。
捜査の手順として俺たちが同行していたのだから取調があるのは当然だとしても。
そういえば、業者のツナギを着た男が俺と入れ替わりに刑事課へやって来た。
多分、あの人が自販機に飲み物を補充するスタッフなのかもしれない。
飲み物を製造販売した会社の責任者も警察で事情を聞かれている可能性がある。
それなら数日前の加賀さんへの手紙と毒入り茶は別々のものとして考えるべきか。
俺が考える事件ではないが、関わってしまったからには無関心では居られない。
アジサイ見物に誘った三上を巻き込んで悪かったな……。
デスクのpcで社員の勤怠を開くと三上は有休になっていた。恐らく三上も警察に呼ばれて今日は休みを取ったのだろう。
アジサイを見に行った日に初対面の人が亡くなってしまうと、いくら他人でも良い気分にはなれない。
俺は気分が上がらないまま、メールをチェックし始めた。
五話
「なんてこった」
警察から
「三上さん、本当は加賀まゆりさんとお知り合いだったんじゃないですか」などと訊かれても、
警察が精一杯、
権限を使ってオレのアリバイを調べたらいい。
加賀まゆりさんには悪いけど、こんなことで巻き込んでもらいたくない。
別に出世に響くなどと思っちゃいないけど、面倒くさいというか。
生きてりゃ、加賀まゆりさんにも悩みはあるさ。
一般論だが、会社でパワハラや将来を悲観してしまうとか、借金や不倫とか。
加賀まゆりさんと香川の間とか。
よくある、妻の友達とデキちゃったってやつ。
不倫で香川が「別れる詐欺」をして、加賀まゆりさんが香川か奥さんを殺そうとしたが、加賀まゆりさんがミスって自爆したとかね。
香川は真面目なヤツだよ、会社でも評判がいい。
オレとは同期で切磋琢磨しながら今日まで来た。
オレが離婚したときも
「何かあれば声をかけろよ」
昼飯を奢ってくれたり、何かと気を回してくれた世話焼きだ。
そんなヤツだから、香川を慕う女子社員の噂を耳にする。だが、香川が手を出したなど一切聞かない。
いつだったか、香川は自分の趣味は「家族」と答えて周りに笑われていた。香川は真面目に言ったのだろうが、周りに合わせて笑っていた。
香川の奥さん、玲奈さんは繊細な性格でおとなしい可愛い後輩だった。
何事も一生懸命で、不器用だから叱られやすい。
玲奈さんの同期が怒られて泣いていると、
「あなたが頑張っているのを知ってるよ」
付箋にメモを書いて、さりげなく机に貼っていく。
あんな優しい子、今頃は友達が亡くなり泣いているかもしれない。
まあ、玲奈さんは二児の母だ。
昔よりは逞しくなっているか。
土曜の午後。
加賀まゆりさんは腹が痛いと言い出し、それぞれが駅で別れた。
オレは品川まで帰るし、加賀まゆりさんとは逆方向。
香川たちは横浜まで帰るので、加賀まゆりさんと方向が違う。
そういえばアジサイ見物していたら、香川が男に話しかけていた。オレより若干若い男で、金髪のハムスターを連れていた。
香川は初対面と言っていたが、あの男は誰なんだ?
あの男が犯人だとして、どうやって加賀まゆりさんに毒を盛るんだ?やっぱりこれは自殺だよ。
毒が混入したお茶は加賀まゆりさんが自動販売機から買ってきてオレらに配った。
その場で皆がお茶を飲んだ。
ハムスター男は何度も礼を言って現地で別れた。
この話を整理すると、
お茶を買って来たのは加賀まゆりさん。
アジサイを見ながら毒を飲むんだ、
加賀まゆりさんが当てつけしたんだろう。
オレとあの男はアリバイ工作に使われただけ。
車内は昼間、閑散としている。
路線にもよるが都会とは言え、こんなもの。