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クロの約束 マルコの選択④

 『おばさん』は黒い猫で、私と一緒にいると
「黒猫の親子」と人間の話し声がして、集会に初対面の猫が来ても、やはり
「親子で仲が良いね」などと言われる。

 おばさんは悪い気がしてないようで、それなら安心だと、何も言わずに娘の顔をしている。

 鳥の狩りや人間が置いていく餌場の位置、
「トイレは神社や公園の隅に行くんだよ」
人間の家や公園の砂場をトイレにすると、猫自体が人間から嫌われて住みづらくなるんだと教えてもらい、この町では野良猫を地域猫と呼ぶのも初めて知った。

「クロ、私の耳を見てごらん?先っぽが三角に切られているだろう?」

 ほんとうだ、気づかなかった。
おばさんの左耳って、切り込みが目印みたい。

「オス猫は右耳が切られているから、パッと見て、オスかメスかも分かっちまうんだ」

 そうか、これが地域猫の証なんだ。
感心しながら耳を見ると
「これはね、もう子どもが産めないって印なんだ。
アタシは手術をして子孫は残せない。今まで仔猫を産んだ経験もない。
だからってわけじゃないけど、クロを子どものように思っている」

 神社の境内は夕陽が差し込み、日陰になった涼しいところには生温い風が吹き込む。
おばさんは座って、右脚を伸ばして毛繕いをしながら私に語ってくれた。

「クロはまだ生後1ヶ月半ぐらいのチビだ。
アンタが冬を過ごす頃には人間が捕獲に来るから、
おとなしく捕まって病院へ行っておいで。
食べたことがない美味しいご飯と飲んだことがない綺麗な水をもらえる。痛みはあるが、熟睡できて、
人間に飼われる猫はいつも夢心地にいるんだと思ったよ」

 淡々とした口調のおばさんは、そんな先の話まで私に聞かせてくれ
「まだまだ先のことだし……」口を挟むと
「野良猫なんてね、明日は分からないんだよ」
おばさんは毛繕いを止めて、私を見る。

「どういうこと?」

「それだけ危険と隣り合わせなんだ。
クロはカラスに連れて行かれそうになっただろ。
アタシだって明日は分からない」
そして、再び毛繕いを始めた。

 蛾がパタパタと私の前を横切る。
私は思い切りジャンプして蛾を獲ろうとして、境内から落っこちる。
蛾が逃げると気分が昂まって、境内へ跳び上がり蛾を追いかける。

 こんなに気持ち良い風が吹いて、蛾を追いかけるのへ夢中になっているのに、すぐそばへ危険が潜んでいるのが信じられない気もするし、だけど、カラスに持ち上げられて爪が石畳を滑った感触が蘇り、身体は気持ちとは正反対で敏感に反応する。

 朝、人間が神社にお参りに来て、私の方へ足音がすると勝手に脚が速く動いてしまう。

 何気なく歩いていると、人間の気配を感じて排水溝へ隠れてしまうなど、猫とは過酷な運命を生き抜くために俊敏な身体を持って生まれたんだと、なんとなく分かった気がした。