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クロの約束 マルコの選択③

 あまり人間が来ない場所は、『あまり』なので、
たまに人間が来ては、黙って陰から覗いている。
中には夜が明けると必ず来て、そして去り、両手を合わせて目を瞑る人間や手を叩いて、ゴニョゴニョ言う人間もいて、観察するのが日課になった。

 私が声を出すと探しに来る人間が居たので、静かにしている。
また、身体へ冷たくて酸っぱい臭いがするものを掛けられるのは御免だ。

 ここから別の場所に行くのもいいが、おばさん猫よりはるかに巨大なものが道を往復している、近寄ってはいけないんじゃないかと感じて、4本足や6本足を追いかけては食べ、眠っている。



 今日も人間が手を打つ音で目が覚め、じっくり見ていると何かが私の背中を突っつき、身体がふわりと浮いた。

「なに? なんですか?」
首を捻ると真っ黒の嘴をした空にいるものの顔があり、丸い黒い目は光り、楽しげに私を持ち上げようとする。爪で硬いところを引っ掻いても滑り、バサバサという音と強い風が私を引っ張り上げようとする。
前脚が届かない、後ろ脚を振っても爪の先が何かに触れても離れていく。「イヤーーー!」

シャーッ! 

 声が出たけど、どんどん足が硬いところから離れてしまう。

 と。

「ギャーオ!」恐ろしい声が轟き、
大きな黒い猫が尻尾を立てて身体を低くすると、鋭い牙を剥き出しにした。

 私は硬いところへ落とされた。

「この子に近づくんじゃないよ!」

 振り向くと、あの時のおばさん猫が黒いものを威嚇し、黒いモノは私をギョロっと睨み、プイッと嘴を空に掲げて、大袈裟な音を立てて羽ばたいてしまった。

 
 黒いおばさん猫は私の首根っこを咥えて寝ぐらの奥へと連れて行く。
 私は茫然としたまま、おばさん猫の口元で動けなくなった。

「アンタ、大丈夫かい?
気をつけないとカラスは仔猫を連れ去るんだよ」

 おばさん猫は私の身体を舐めてくれ、
「そういえば、アンタって名前はあるのかい?」
名前ってなんだろう?

「名前って、なんですか?」
おばさん猫は私の前に座ると、鼻先を私の鼻につけ
「今日から、アンタのことを『クロ』って呼ぶから。いいかい?アンタは『クロ』」

「じゃ、おばさんのことはなんて呼べばいいの?」
「アタシのことは、おばさんでいいわよ。
おばさんだもん」

 へぇ、おばさん猫は『おばさん』で、私は『クロ』で、さっきのヤツは『カラス』なんだ。

「クロはママから何も習ってないのね。
他の動物に優しくしてもらったら
『ありがとう』って言うんだよ。
これをお礼っていうんだ。
それから、
朝は『おはよう』、夜は『こんばんは』
おはようやこんばんはは、挨拶っていうんだ。
クロはこれから大きくなるにつれ、たくさんの動物に会う。人間も動物。
クロ以外のモノに会ったら、挨拶とお礼は気持ちを込めて、ちゃんと言うんだ」

 それからは、私はおばさんの後ろを付いて歩くようになった。
言葉を覚えて、猫の集会というのにも行った。
ちなみに私は神社という所へ住んで、床下と呼ばれる場所で寝起きしている。