短編: 好きになってもらうこと
懐かしい校舎の窓枠には、鉄筋が交差するバツ印が目につき、耐震構造になっている。
まるで人が生きていく間に身につけた教訓や知恵が具現化したようだ。
性格そのものは変わらないと言われても、やはり微々たるモデルチェンジをしているのではないだろうか。
二十年ぶりに帰った故郷。子どもの頃、友達と遊んだ空き家は、今も変わらず蔦に包まれていた。
どんぐりの木はやたらと大きくなり、当時は空き家の中で持ち寄ったマンガを読んでは、秘密基地を持つ優越感に浸っていた。
黄色い日差しへ秋風が吹き抜け、金木犀の香りが鼻をかすめ、彩り賑やかな鶏頭の花が咲き乱れる。
秋特有が気持ちを弾ませる。
私は膝の高さまである石のベンチに腰を下ろし、まだ青い楓の隙間から空を見上げる。
「ここなの?友梨が言っていた秘密基地」
後ろから彼の声がする。
「私の話を覚えていてくれたの?」
彼は当たり前じゃんと言いたげな表情を私に向ける。
無邪気に遊んでいたあの頃は、今の私を支えている。
「なんだか不思議」
「なにが?」
「大人になって、好きな人とここにいるなんて」
「久しぶりに友梨から『好きな人』って聞いた」
そうだな。好きとか言わなくても、分かっていると思い込んでいた。
「いい所に住んでいたんだね」
懐かしい風景は故郷だけではなく、私の思い出が充満した礎。故郷に育ててもらったようなもの。
秋の陽だまりはオレンジ色の光が辺りを包む。
実家はもうこの街にはないが、どうしても彼に私の生い立ちを見てほしかった。
私のことを知っていてもらいたい。
人を知るって、個人情報の共有じゃない。
心にある陰ひだを踏み、機微を知ることじゃないかと思ったの。