小説を書くのは辞めようかな⑥

←前編⑤                                                              最終話→

「神宮寺君⁈ 話したいことがあったんだよ!」

悩んだ挙句、名刺を眺めながら電話をかけ、
三葉亭八起の勢いに圧倒された。

三葉亭に呼び出された公園は、
それほど広くない住宅地の一角へあり、
彼は東屋でスマホを見ている。

「オツ!」

彼はスマホをバッグに片付けながら、
「神宮寺君から聞きたいことがあるんです」
以前とは違い、積極的になっていた。

「どうしてホストになったんですか?」



三葉亭が尋ねると、俺は少し考え込んだ。

公園の静けさが心地よく、周囲の木々が揺れる音が耳に入る。

「大学2年まではカテキョやってたんですよ。
だけど割に合わないと感じて……」

「具体的には?」

「担当した子が偏差値48で、その親から偏差値56の高校へ行かせてくれと頼まれたんです。
結果的には合格させたけど、彼は人の話を聞かないし……」

三葉亭は頷きながら聞いていた。

「それからどうしたんですか?」

「カテキョは言うほど稼げません。友達に話したら『神宮寺は話しやすいからホストが向いてる』って言われて、始まりはここからです」

三葉亭は俺の顔をしっかり見ながら相槌を打ち、
「すぐに仕事は慣れたんですか?」
「まあ、最初は大変でした……」

「はい」

「16時に店に入って掃除や研修をしながら先輩に習います。シャンパンコールやキラーコールも、家で練習するんですよ」

「具体的にはどういうことですか?」

「シャンパンコールは高額なシャンパンを注文した客への感謝のパフォーマンスのことで、300万円のシャンパンだと派手な演出にするんです」

「神宮寺さんは何時から出勤なんですか?」

三葉亭は興味津々で目を輝かせ、口元に微笑みを浮かべる。

「俺は18時に店に入りますが、髪をセットしてもらったり、姫にLINEします。返信してるとすぐに開店の20時になります」

「姫って?」
首を傾げる三葉亭に

「女性のお客様のことですよ」



話しながら、もしかすると三葉亭はホストに向いていたんじゃないかと思う。
酒は飲める、人の話に耳を傾ける。
姫を楽しませようと努力するタイプに見える。

誰もがホストは楽な商売だと思っている。
女に囲まれ、キャバ嬢のような綺麗な同業者にチヤホヤされ、酒も飲める。

実際はそうじゃない。

姫には酒を飲んでもらわないと金にならないが、
俺はノンアルコールにしてもらう。
姫に飲めと言われたらヘルプや後輩に飲んでもらい、担当が別の姫に呼ばれて居なくなった担当不在の姫へ世話係を買って出る。

こういうチームワークが長続きできた理由かもしれない。

ホストクラブというのは疑似恋愛を楽しみに姫が集まる。俺達も精一杯の接客はする。

ホストには女性客の担当制度があり、姫は一度担当ホストを決めると永久に姫の担当になる。

姫が心変わりし、担当からヘルプへ恋心を抱く。そうなるとトラブルが発生するか、
もしくは、姫が担当を好きになり過ぎてアルコールが入っているので罵倒する。

制度が変わって今はうちの店ではないが、姫がツケを払わず逃げてしまったら、売掛金はホストが負担するので頻繁に連絡を入れてストーカー扱い。

立替払いがある。
しかし行政指導が入るためか、店側が勧めることはなく、ホストに沼った姫がホストクラブへ来るのにいかがわしい場所で稼いでは店に来る。

姫達は心が歪み、精神状態が危うい。胸ぐらを掴み頰を叩かれた経験は幾度もある。

心が病んでいる姫だと店内での暴挙があり、担当が殴った騒動もあった。
そういったのを姫はSNSや掲示板に書き込む。

姫自ら、落ち度がなかったかのように。

ホストも人間で、俺はエゴサーチしないことにした。同業(キャバクラ)にも行かない。
アフターもしない。クビになるならそれも運命。

飲み過ぎた姫を介抱し、おんぶしてタクシーに乗せ、吐いた始末をしてきた。

色恋営業もした。1日5人を相手にしても平気だった体力が最早ない。

本命彼女はいつからいないんだったかな。
同棲しても嫉妬で毎日がケンカになり、
「女は要らん」に落ち着いた。



「店に話がついたら、見学に来ます?」
三葉亭は目を見開き、
「行っていいんですか」

木々の葉が風に揺れ、遠くで子供たちの笑い声が響く中、静かな公園の一角で話は決まった。



当日は三葉亭にもそれなりのファッションと髪型をさせ、店の隅に立たせておいた。

緊張する三葉亭の面持ちに違和感があり、姫達から「あれ誰?」聞かれて
「内勤の新人」と皆が口裏合わせしてくれた。



タクシーで帰りファミレスに寄ると、
三葉亭の顔は上気していた。

「実物のホストクラブはどうでしたか?」

目が爛々とした三葉亭は、
「意外でした。もっと賑やかだと思っていたけど、静かにおしゃべりしているんですね」

「三葉亭君の世界観、変わりましたか?」

「女子の言葉遣いが悪いですね。人を人と思わない喋り方にドン引きしました」

「全員じゃないけど、そういう子もいますね」

「客とホストが大勢で騒いでいると想像していました。しかし、テーブルや仕切りごとの島でこじんまり会話していたのが印象的でした」

「三葉亭君の文芸にお役に立てたなら嬉しいです」

百聞は一見にしかず。今日は1年ぶりに米を食べた。
この時間はネガティブな思考から解放され、
心についた泥を三葉亭が落としてくれるようだ。
生きることへの前向きな気持ちを与えてくれる。

(癒しとはこういうことか……)
昔のプロットを思い出すと、
心の奥に眠っていた創作意欲が再燃した気がした。