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こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」〜大竹しのぶ演じる林芙美子(その2)

(承前)

昭和11年、NHKの音楽部員となった三木孝が、大竹しのぶ演じる、林芙美子にこう言う。<失礼ですが、先生は物語というものがまだ分かっていらっしゃらない>(新潮文庫「太鼓たたいて笛ふいて」より、以下同)。それは、小説家の紡ぐ物語とは別物として、“物語にほまれあれ」をベートーヴェン“自然における神の栄光“のメロディに乗せて歌い出す。

🎵 物語をきめるのは この国のお偉方
人気投票が行われる 国民は票を入れる 物語がここに成立
物語にほまれあれ これぞ全国民の意思である 🎵

三木は、“物語“、<世の中を動かしている怪物>に合ったものを書かねればいけない。そして、<明治から昭和にかけて、この大日本帝国を底の底で動かしているのは。。。。戦(いくさ)は儲かるという物語>。林芙美子に対し、<この物語に添ってお仕事をなさることです>と諭す。芙美子は、違和感を抱きながらも従軍文士として南京攻略戦へと赴く。

南京からさらに漢口攻略戦に従軍した芙美子だが、昭和13年には母キクの待つ東京に戻っている。

ラジオに出演した芙美子は、こう語る。

<わたしは兵隊さんが好きです。国家の運命という大きな物語に、兵隊さんたちはお一人お一人の物語を捧げてくださっているからです>。そして、戦場の兵隊を讃える詩を朗読する。

こうして第一幕の幕が降りる。

今、お偉方が人気を得ようとしている「物語」とはなんであろうか。我々は、それを真剣にチェックしているだろうか。

なお、この芝居には島崎こま子という女性が登場する。彼女は地下活動家であったこともあるが、「ひとりじゃない園」という施設を運営している。その資金集めに芙美子宅を訪れるのだが、芙美子から“アカ“というレッテルを貼られる。彼女は、島崎藤村の姪であり、持参した藤村の詩「椰子の実」は三木の手でヒット曲になる。そして、こま子は林家の家族のような存在となっていく。

こま子は「物語」の反対側にいる、ある種、聖なる存在である。それに対し、当初芙美子は<とにかくアカはきらいなの!>と言い放つのだが、従軍のため日本を離れた際、母キクを支えるのはこま子だった。

この清らかな存在が、舞台に一つの光を灯す、それは母キクの役割でもある。

そして、こま子が歌い始める、「ひとりじゃない」(宇野誠一郎作曲)は、心を打つ。

🎵 ひとりじゃない こころの声に耳をかたむけるなら
ひとりじゃない 自分のまわりを見渡してみるなら
真昼の木陰 真冬のストーブ
春なく小鳥 秋の果物
みんなきみのため 🎵

舞台は感動の後半へと突入する

(続く)


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