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世界を知るために必読の書〜エマニュエル・トッド著「西洋の敗北」
読了する前から、人に勧めてきたエマニュエル・トッドの「西洋の敗北 日本と世界に何が起こるのか」(文藝春秋)を年始に読み終えた。
トッド氏はフランス人で、人類学者。家族類型や人口動態をもとに、世界情勢を分析してきた。私は、2002年の「帝国以後」(藤原書店)で彼のことを初めて知り、文藝春秋誌上にしばしば掲載される同氏の記事に目を通しながら、最近では2016年の「シャルリとは誰か」(文春新書)、そして本書と手に取ってきた。
日本における世界情勢に関する報道は、どうしても日米同盟をベースにしたもの、そして欧州を含めた“西洋“に偏った視点になる。それを、トッド氏の発言・書籍は新たな視座を提供してくれており、それこそが今必要なものに感じる。
トッド氏は、各国の家族構造がその本質を説明する手掛かりの一つとする。日本は<「相続者は一人のみ」という慣習を持つ直系家族構造>(「西洋の敗北」より、以下同)とする。もちろん、かつての長子相続は民法改正により変化しているが、我々の意識の中に“長男=家を継ぐもの“は残っている。そして、<「直系家族構造」は権威主義的な側面を持つ>。日本人はなぜ社会規則に従順なのか、ルール通りに行動することが重要な製造業で、なぜ日本は世界のトップになったのかは、“権威主義“=上からの指示には逆らわないという側面がある。
この日本と同じ「直系家族構造」の国がドイツ、<兄弟間が平等な「共同体家族構造」>が中国やロシア。そして、<平等主義で個人主義的な「核家族構造」>がイギリス・アメリカ・フランスなどとし、こうした観点から世界を紐解いていく。
そして、キーとなるメッセージは、<西洋の敗北は今や確実なものになっっている>、<西洋の危機の核心は、アメリカ、イギリス、フランスにある>。
“民主主義の危機“、“ウクライナ戦争“、“トランプ大統領“はなぜ出現しているのか。そのヒントを本書は提示してくれる。
本書の第1章のタイトルは、<ロシアの安定>である。“ロシアはプーチン大統領による恐怖政治の国で、国民は彼を恐れており言いたいことが言えない“、“ロシアはいまだに領土拡張を狙っている、欧州はそれに備えなければならない“。これは本当だろうか、誰かがそう思わせようとしているのではないか。
<2000年から2017年は、プーチン政権時代で最も安定化が進んだ時期だ。アルコール中毒による死亡率〜(一部略)〜、自殺率〜、殺人率〜は減少している>。さらにトッド氏は、乳幼児死亡率は社会の最弱者に関するものなので、社会の一般的な状態を評価する指標として重視しているが、ロシアにおけるそれはアメリカを下回っている。
西洋では経済制裁が、<ロシアを屈服させるものと当然視されていた>。結果はご存知の通り。経済制裁に同意したのは“西洋“のみだったので当然である。“西洋“は世界のごく一部にしかすぎない。一方で、アメリカはGAFAに代表されるテック産業やサービス業に特化しすぎ、“モノ作り“が自国でできなくなっている。それはウクライナに供給すべき戦場兵器を含んでいる。(粗鋼生産で世界のトップ20にも入っていないUSスティールの買収について、“国家安全保障上の懸念“として禁止しているのは、ジョークにしか聞こえない)
直近では、トランプ次期大統領がグリーンランド領有に意欲を示している。とんでもない発言として報道されている。グリーンランドはデンマークの自治領であり、本書によると<EU加盟国でもあるデンマークは、アメリカの駒でもあり、軍事面では伝統的にノルウェーほど有能ではないとしても、時にノルウェー以上に駒としての役割を果たしている>。アメリカはデンマークという“駒“を飛び石として、EU=ドイツに牽制球を投げているようにも解釈できる。
もう一つだけ、本書が書いていることを紹介しておこう。それは、米英における「プロテスタンティズム・ゼロ」である。キリスト教をベースとするプロテスタンティズムは、社会を団結させ、<効率的で道徳的な集団として存続させた>。ところが、<新自由主義が理想とする「純粋で完全な市場」に存在するのは、道徳を欠いた人間、単なる金の亡者だけである>、<新自由主義の理想の人間は「プロテスタント・ゼロ」だったのだ>。
“西洋“の指導力低下が必至の中、日本はどう生きるべきか。それを考える上でも貴重な一冊だと思う
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