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小林信彦「わが洋画・邦画ベスト100」(その1)〜50本の外国映画

発売中の文藝春秋八月号、創刊100周年特別企画②「映画の愉楽」として、何本か記事が掲載されている。まだ全て読めていないが、なかなかに気合の入った好企画である。

そしてその冒頭を飾るのが、小林信彦「わが洋画・邦画ベスト100」、これが嬉しい。小林さんは、これまでも多くの映画を紹介してきたが、90歳になる年に何を選んだか、リストを予想するだけでワクワク〜“ちむどんどん”する。

今日はまず外国映画編。

文章は、それぞれの映画にまつわる思い出、感想が書かれているが、これが自由である。選んだ作品によって、分量がまちまち。形式にとらわれることなく、小林さんの言葉が踊っている。もちろん、内容は書き溜めているノートも参考にしつつ書かれていると思われ、ポイントを押さえている。

選んだ作品も、年代順に選んではいるものの、いわゆる“ベスト“のルールにはとらわれずに選ばれているところも面白い。具体的には、1920−30年代17本、1940年代12本、1950年代12本、1960年代以降9本という、いたってアンバランスであり、これがたまらない。これぞ、“小林信彦“が“今“選んだ50本なのである。

リストはチャップリンの「黄金狂時代」(1925)から始まるが、1933年のマルクス兄弟の代表作「我輩はカモである」にはたっぷりコメントが書かれている。小林さんからマルクス兄弟を教わった私にとっては、しびれる箇所である。<兄弟はやる気がなく、監督のレオ・マッケリーだけが熱中した>と書かれているが、そうなのだろうか? “やる気がなく“て、あのアナーキーぶりだったとしたら、それはそれで凄い。

この映画の監督は、レオ・マッケリーだが、彼の作品が合計3本も入っている。同じく3本入っているのがビリー・ワイルダー、彼の師匠のエルンスト・ルビッチも2本、ジョン・フォードも2本、小林さんがいつも評価するクリント・イーストウッドも2本と、小林信彦ワールドになっている。

ルビッチ監督の1本は「ニノチカ」(1939)だが、<(この五十本の中で、一本見るなら、「ニノチカ」か「バンド・ワゴン」です。よろしく)」と書いている。

後者はフレッド・アステア最晩年の傑作で、<MGMの五十年代ミュージカルの最高峰>とされている。私もミュージカル映画の中で最も好きな作品と言えば「バンド・ワゴン」(1953)か「イースター・パレード」(1949)。それも、小林さんからの刷り込みも大きいと思う。

「イースター・パレード」ももちろんベスト入りしているが、小林さんは<日比谷映画で見て、何十年かのちに妻と子供をつれて、また日比谷映画で見た>と書いている。私が最初に見たのも、日比谷映画の閉館フェスティバル 。ファンとしては、こうした一致にニンマリとする。

「雨に唄えば」(1952)もベスト入りしているが、<ジーン・ケリーよりもドナルド・オコナーの存在がすごい。踊りも珍芸も絶品>(必見!)と評されている。120%同意します。

ボブ・ホープとビング・クロスビーの「モロッコへの道」(1942)、「毒薬と老嬢」(1944)、小林さんの勧めがなければ観ていなかった傑作である。

「哀愁」(1940)、<これ一本でヴィヴィアン・リーの信者になりました。ありがたや、ありがたや>、コメントはこれだけ。私もこの映画における彼女の瞳にやられました。

こうして、過去に紹介されたものは、それなりに観てきたつもりなのだが、リストを見渡すと、半分もカバーできていない。記憶が曖昧なものを含めても20本にしかならなかった。

未見の中では、「姉妹と水平」(1944)。ジューン・アリスンとジミー・デュランテが出演しているが、小林さんは、<マイ・ナンバー・ワンともいえる>、双葉十三郎さんも絶賛、<歌と笑いで疲れてしまうほど大満足>。これはプライオリティ1番である。

自由なセレクションではあるが、<イタリア映画が外れてしまった>ので、「ミラノの奇蹟」(1951)<デ・シーカの名作を入れて勘弁してもらう>と一定の配慮はされている。配慮ではないが、「市民ケーン」「第三の男」は押さえられている。

最後に、<幾つかの名作が抜け落ちてしまったが、とにかく五十本あげてみた。映画がこれからも必要かどうかわからないが>と結んでいる。

映画は必要だと思います。そして、その世界を案内してくれる小林信彦も必要です

*「バンド・ワゴン」より、"That's Entertainment"


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