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こまつ座「太鼓たたいて笛ふいて」〜大竹しのぶ演じる林芙美子(その1)
今年は井上ひさし生誕90周年。井上作品を中心とした芝居を上演するこまつ座、記念公演第四弾として上演しているのが「太鼓たたいて笛ふいて」。先日、速報を書いたが、今日はじっくりと。なので、ネタばれありです。
「太鼓たたいて笛ふいて」は、作家・林芙美子の評伝劇。井上ひさしは、評伝劇を多数残しているが、公演プログラムの井上麻矢(こまつ座代表、井上ひさしの三女)「前口上」によると、女性の作家に関しては林と樋口一葉だけだそうだ。
プログラムには初演時に井上ひさしが書いた「前口上」が再掲されている。音楽劇を演りたいという大竹しのぶに、井上は<「では林芙美子さんの評伝劇を、宇野誠一郎さんとモーツァルトの音楽でなさいませんか」>(公演プログラムより)と提案したそうである。
宇野誠一郎は、NHKの「ひょこりひょうたん島」始め、井上作品を多く手がけた作曲家。最終的には、彼の楽曲の他、<モーツァルト先生のご都合で、ベートーベン先生とチャイコフスキー先生に代わっていただいた>(同上)ほか、リチャード・ロジャースらの作品も使用されている。
昨年、尾道を旅行した際、林芙美子記念館というのを訪ねた。彼女がティーンエイジャーの頃に住んだ居宅をである。館内では、芙美子がラジオ出演した際の音源が流れていた。劇中には、こんなセリフがある。林芙美子はラジオ放送で、<尾道の小学校を飛び出してまいりましてからも、雑司ヶ谷の銭湯の番台娘がはじまりで、>(新潮文庫「太鼓たたいて笛ふいて」より、以下同)、職場を転々としたことを語る。
こうした体験を書いたのが「放浪記」(1930年)で、芙美子は一躍人気作家となる。舞台の冒頭は1935年、文子はすでに流行作家となっており、彼女に作詞を依頼しているレコード会社の三木孝が来宅するところから始まる。
三木は“俗物“である。明鏡国語辞典によると、「世間的な名誉や利益にこだわるつまらない人物」である。それ故か、どこか憎めない。我々の多くは、そんな“俗物“ではないか。ドラマが進むにつれて、そんなことを考えた。
前述のラジオ放送の後、<いつまでも若いころの放浪と貧乏を売物にしている自分もいや>という芙美子に対し、三木は<それが先生の財産でしょう>と返すと、芙美子は<その財産もそろそろ底をついてきた>。
幕開けからは時間が経過しており、三木は「椰子の実」のヒットにより、NHKの音楽部員へと出世している。
その三木が、<わたしの小説も売れてほしい>と言う芙美子に、世の中を動かしている「物語」を描かなければいけないと諭す。
三木が話す「物語」とは……前半の山場である。
(続く)
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