長崎とパリをつなぐ幕末物語〜高浜寛「扇島歳時記」
2020年第25回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した、「ニュクスの角灯」。その著者、高浜寛の「扇島歳時記」が完結した。扇島とは、長崎の出島のこと。本作で、彼女の“長崎三部作“が完結する。
第1作は、長崎の丸山遊廓の遊女、几蝶太夫を描いた「蝶のみちゆき」。全盛を誇る太夫の内面を見つめた、落ち着いた画風の静的な作品である。
その世界観をベースに、非連続的に膨らませたのが「ニュクスの角灯」。時代は1878年、明治11年。同じ長崎を舞台にするが、人々を取り巻く環境はガラッと変わっており、彼らが日本からパリを始めとした世界に羽ばたく物語である。
そして、この2つの時代をつなぐ作品が、「扇島歳時記」である。「ニュクスの角灯」の世界は、自然に成立したものではなく、その前日には幕末という、激動の時代があった。体制の転換は、どうしても血が流れる。そして、その時代の荒波に、長崎の人々は翻弄される。出島に住む外国人、出島同様、外界との間に一定の塀が設けれらた丸山、この小宇宙で生きる遊女たちもその例外ではない。
主人公は、「蝶のみちゆき」にも登場する、几蝶太夫の禿(かむろ)、たまを。禿は太夫らに使える少女で、遊女予備軍である。
物語は1866年霜月(旧暦11月)から始まる。第1話から第14話までは、それぞれひと月が振られており、季節の移り変わりと共に、大政奉還へと進む世の変化が歳時記として描かれる。
そして第15話“発火“から1868年へと年が変わり、いよいよ戊辰戦争へ、時代は明治へと突き進む。
「蝶のみちゆき」は、丸山遊廓という場所に、苦界とも言われる閉鎖された世界である。それは、必ずしも不幸だけではなく、決められた枠組みの中で生きるというのは、ある種の心地良さがある。そして、長崎という土地柄、世界という光が少しだけ見える。江戸時代の日本全体も閉じられた世界だった。
一方、「ニュクス」は解放の物語である。社会がいきなり解き放たれると、人はどうして良いのか分からなくなる。そして、その中で懸命に解を探そうとする。
オランダ領事館で働く岩次がつぶやく。「わしの使命・・・ いつか分かる日が来るとやろか」
そして、たまをは成長していき、“女“へと変化していく。時代がどうあろうと、人間は嫌でも歳を重ねていく。そんなたまを達が“使命“を果たすことによって、次の時代が形成される。
「扇島」を読むと、その後のたまをに、岩次に、モモやヴィクトールに会いたくなる。そして、再度「ニュクスの角灯」を読みことになる。
“長崎三部作“を終え、高浜寛というマンガ家はどこに羽ばたいていくのだろう