「中村仲蔵」体験(その1)〜落語と講談
昨日に続き、江戸歌舞伎の名優、中村仲蔵の話である。
名題となった中村仲蔵、一座がかけるのは当時から人気演目だった「仮名手本忠臣蔵」。どんな役が振られるのか楽しみにしていた仲蔵に来たのは、五段目の斧定九郎一役のみ。名題の役者が演じる役ではない、まさしく役不足である。
さらに、塩谷判官切腹の四段目、早野勘平切腹の六段目に挟まれ、当時五段目は“弁当幕“と言われていた。緊迫感のある前後の段の合間、弁当を食べたり、手洗いに行ったりする幕という扱いだったのである。
仲蔵演じる斧定九郎は家老の息子ながら勘当され盗賊に身を落としている。 山崎街道で勘平の父親から金を奪い殺害するも、勘平の鉄砲で打たれて死ぬという役、こしらえも山賊姿と野暮ったいものであった。中村仲蔵はこの設定を大きく変え、今に続く斧定九郎を造形する。これが見物から大好評となり、仲蔵はスターダムにのし上がっていく。
ドラマでも勿論ハイライト場面だったが、落語「中村仲蔵」はこのエピソードを中心におき構成されている。 私が最初に入手した音源は、先代林家正蔵(八代目、彦六の正蔵)のCDだったが、実際の高座で体験するのは、奇しくもこの林家正蔵の追善興行(おそらく二十三回忌)、場所は鈴本演芸場だった。
トリで上がったのは春風亭小朝、かけた演目は「中村仲蔵」である。 小朝の師匠は五代目春風亭柳朝、その師匠が正蔵なので孫弟子にあたる。この公演には、直弟子の林家木久蔵(現・木久扇)も出演し得意の「彦六伝」で大いに客席を沸かしていたが、やはり最後に締めるのは、小朝であった。
正蔵の得意ネタであった「中村仲蔵」、追善興行にふさわしい演目である。そして、小朝の高座は圧巻だった。今でも印象に残っているのは、仲蔵が自信の演出による定九郎を演じる場面。白塗り、山賊姿ではなく黒羽二重に白献上の帯、破れた蛇の目傘を携えて登場する仲蔵。その新演出に見物がはっと息を飲む。
小朝の語りに、鈴本演芸場の客席も江戸時代の観客と同様に、グッと息を飲み込む。一瞬の間、場内は水を打ったような静けさになった。
素晴らしい高座や舞台を観せられると、会場の空気が変わる。そんな体験は滅多にないが、この夜の小朝の「中村仲蔵」はそんなパフォーマンスであった