<羽生善治の壮大な仕掛け>〜大崎善生が感じた藤井聡太の七冠
スポーツの世界で、“歴史“というものを感じることが、しばしばある。例えば、サッカー日本代表がワールドカップで強豪国に勝利する。勿論ピッチ上にいる選手、ベンチの監督らスタッフ陣が示したパフォーマンスではあるのだが、“ドーハの悲劇“など数々の出来事を通じた日本サッカーの歴史、引き継がれてきたものが結実した瞬間でもある。
スポーツに限らず、優れた先人たちは、自身のパフォーマンスにとどまらず、その愛した世界を広げるべく行動する。結果として、新たなフロンティアが形成される。
将棋の藤井聡太が遂に名人位を獲得し七冠となった。
この偉業について、元「将棋世界」の編集長、大崎善生が6月5日の日本経済新聞文化面に寄稿した。その見出しには<羽生善治の壮大な仕掛け>とあった。ぜひご一読をお勧めするが、内容と若干の感想を記しておこう。
大崎善生氏については、その著作「聖の青春」について昨年触れた。難病を抱えながら懸命に生きた“羽生世代“の棋士、村山聖(さとし)の評伝で、松山ケンイチ主演で映画化もされた。 団鬼六について書いた「赦す人」も、私の好きな著作である。
その大崎氏はこう書いている。
<藤井聡太という存在、その姿は一人の稀有(けう)な天才が作り出した、一つの実験の結果であり理想像ではないかと。その天才の描いた想像の線の上に藤井は、それが必然であるかのように存在した。>
“稀有な天才“とは羽生善治のことである。
1996年羽生は七冠となる。当時は、「叡王」というタイトルがなかったので、全てのタイトルを獲得した。その羽生に大崎が今後の目標を訪ねた。25歳だった羽生の答えは、
<将棋の本質を目指す。それを解き明かす。>
そして、羽生は徹底して<将棋の定跡書を書き連ねた>。大崎氏は、これが羽生の<壮大な仕掛け>とする。つまり、<将棋とは何か。何が正しくどこへ行きつくのか>の解明を、次世代に託するためにも、<今ある不確かな定跡体系を系統立てて>記録したというのだ。
雑誌に連載された羽生の定跡講座に全国の指導者が反応し、その内容を多くの子どもたちに伝えていく。藤井聡太も羽生のメッセージを受け取った一人であった。
大崎氏曰く、<羽生という天才が仕掛けた想定通り>、新しい天才・藤井聡太が誕生した。
藤井は、七冠獲得後のインタビューで「(名人に)ふさわしい将棋を指さなければという思いです」と語った。そして一夜明け、その心構えとして「温故知新」という言葉を挙げた。十七世名人・谷川浩司を意識しての言葉である。
藤井聡太は既に歴史になった。番勝負では圧倒的な強さを見せる藤井、一発勝負の挑戦者トーナメントをを勝ち抜けば、残された王座を獲得し前人未到の八冠となるだろう。また、次の準々決勝で羽生・藤井が勝利すれば、準決勝で両者が対戦する。
大崎氏は、藤井八冠が誕生すれば、<その瞬間からまた大きな時代が開き新しい奇跡のページが始まるのかもしれないのだ。何が起こるか分からない。ただ息を潜め目を瞠(みは)っているしかない>と結んでいる。
藤井が「温故知新」の言葉のもと、偉大なる先人たちを理解し、将棋の本質をさらに解き明かしていけば、奇跡のページが始まるのだろう。いや、もう始まっていると私は思う
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